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2013年12月 5日 (木)

元連邦準備銀行分析官William Bergmanへのインタヴュー

以下は、http://www.youtube.com/watch?v=J8Z2kiAoCjsの日本語字幕です。(2分48秒から9分37秒まで)

 

 

 

先月Bob Corker上院議員は、アフガニスタンの大統領Hamid Karzai(ハーミド・カルザイ)に対してなされたと言われる現金の送金をめぐってオバマ政権に疑問を提起しました。

 

そこでこのほど私は、会計における真実研究所のディレクターであるWilliam Bergmanにお話を伺いました。

 

彼は実際に以前連邦準備銀行のエコノミストを務めていました。

 

私は彼に数百億ドルの海外への現金の送金とは何であったのか、また彼の準備銀行での職務について尋ねました。

 

「私は準備銀行で1990年に働き始め、エコノミストとして5年か6年程、最新の経済分析を行っていました。

 

その間私は、合衆国地区連銀経済報告書(ベージュブック)のシカゴ連邦準備銀行の寄稿報告を作成していました。

 

私が連邦準備銀行で働いていた最後の5年間、私はとても興味深い分野である金融市場と決済システムリスク部署にいて、かなり興味深い銀行内部および銀行全体のアレンジメントや決済システム、金融システムを調べていました。

 

これは表面上は無味乾燥ですが内実は興味深いことでした。

 

私のそこでの最後のプロジェクトとして、2001年8月頃私は一つの論文を書きました。

その論文の約80パーセントは緊急事態が宣言された、戦時における連邦準備制度と他の政府関係機関の関係を徹底的に検証するものでした。

 

2001年11月に私はその論文を議会調査部に提出しました。

 

 

さらにその論文を最新のものに改定していると、2003年の暮れに私はシカゴ連邦準備銀行の監督規制部署のマネーロンダリング分野の業務に呼ばれました。

 

そこで勤務し始めると時に、私は二つの事象に気付きました。

一つが2001年7月、8月の数十億ドルの通貨送金の急増です。

 

また2001年8月2日の日付のある連邦準備銀行理事会が作成した書簡にも気付きました。

 

この書簡は職員に疑わしき活動の報告の精査を求めるもので、疑わしき活動の報告とは、銀行が提出を義務付けられている銀行業務と関連する犯罪と疑われる活動についての報告のことです。

 

その書簡では、疑わしき活動の一部であると判明している活動についてさらに報告するようにはっきりと記載していました。」

 

ここで少々割り込ませていただきますが、視聴者にはグラフがご覧いただけると思います。

 

ご覧いただいているこのグラフはアメリカ連邦準備制度券の上昇を示しています。

 

2011年9月以前に流通していた連邦準備制度券、つまりアメリカドルのことです。
(訳者注:2001年の間違いだと思われます。)

 

それをその前の5年間の同時期の平均と比較しています。

 

基本的にこれは全マネー流入を含んでおり、2000年問題などより前のものです。

 

私達が目にするのは、2011年8月、9月における間違いなく大規模な増加です。
(訳者注:2001年の間違いだと思われます。)

 

私はこうした明らかになった指標についてお尋ねしたいと思います。

 

これは今でも連邦準備制度のホームページ上に発表されているのでしょうか?

 

「今ではホームページ上にはありません。以前はホームページ上にありましたが、今ではホームページ上にはありません。」

 

このような通貨の大規模な増加に対して与えられる説明としてはどのような説明が可能であると思いますか?

 

「私達が受け取った書簡では、無邪気にもアルゼンチンの銀行危機のせいであると説明がされていました。

 

もちろんその可能性はあるとはいえますが、精確な説明とはなっていません。

 

調査されていないことを問題としていないのですから。

 

アルゼンチンの銀行危機による説明は全く物事を知らない説明と言えます。

 

また、それのみが可能性のある唯一の原因ではないのです

 

最近でも、私が懸念していた分野でのオペレーションが現時点でも依然として稼動しており、調査すべきであることを示すさらにいくつかニュース記事が出てきました。」

 

あなたはご自身の職を打ち切られた際に、理由はなぜなのか説明を受けましたか?

 

「私が2001年8月の監督書簡に関する疑問を提起した一週間後に、私のその分野での職務は打ち切られました。

 

私の機密情報への信任許可は取り上げられ、私は所定手続きの言語道断な侵害を犯したと告げられました。

 

一ヵ月後に私の連邦準備銀行での職は取り除かれました。

 

その時私はこれは私個人とは無関係であり、組織としての事項であると告げられました。」

 

あなたは最近明らかになった追加的な証拠についても言及されましたが、それはどのようなものなのか、ご説明いただけますか?

 

「はい、二つの分野で、依然として適切な調査が必要であることを示す事実を浮き彫りにすることがあったと思っています。

 

まず第一が、Bob Corker上院議員が外交問題委員会でここ10年間以上にわたるKarzaiに対する現金の送金について素晴らしい質問をしていることです。

 

あなたは2011年について言及しましたが、もちろん2011年も興味深い年ではありますが、私は特に2001年について話しているのであり、2011年について話しているのではありません。

 

Bob Corker上院議員はオバマ政権にHamid Karzai(ハーミド・カルザイ)に対する現金の送金についての説明を求めているのです。

 

五日程前のことだったと思いますが、上院会館内でのコメントの中でBob Corker上院議員は、こうした類のHamid Karzai(ハーミド・カルザイ)に対する支援やこうした現金の送金という類の潜在的な腐敗が、911の数ヵ月後にHamid Karzai(ハーミド・カルザイ)が大統領になる前から、何らかの形で進展していた可能性を提起していました。

 

それから最近数年間の間に素晴らしい本が出版されています。

 

それは「Invisible Hisitory 」というPaul FitzgeraldとElizabeth Gouldが書いたアフガニスタンの歴史に関する本です。

 

その本の中では優れた考察がなされており、アメリカとアメリカ政府関係機関が911の直前数ヶ月間にアフガニスタンを支援し、興味深いことをアフガニスタンで行っていたどのような可能性があるのか論じています。

 

通貨にはこのような形でアメリカの秘密工作で使用された長い歴史があります

 

例えば、さかのぼって1953年にイランでの使用されたのが一つの例です。

 

最近Hamid Karzai(ハーミド・カルザイ)への送金の歴史に興味を持ったBob Corker上院議員は、911以前の秘密工作における通貨送金がアフガニスタンで既に進展していた可能性を強調しているのです。」

 

少し補足させて欲しいのですが、私達はGuradian紙に実際に、2003年のイラク侵略の後に、およそ2億8100万ドル分の363トンの重さの百ドル札の連邦準備銀行券がイラク省庁とアメリカの契約業者向けの支出としてニューヨークからバクダッドに発送されていたという記事があるのを見つけました。
(訳者注:
http://www.theguardian.com/world/2007/feb/08/usa.iraq1の記事のことだと思われます。)

 

C-130型航空機による送金が一ヶ月に一、二回実行されていたことが分かっているのです。

 

数十億ドルの話をしているのです。

 

そしてこれは全く説明されていないのです。

 

これほどの現金が海外の戦争で疲弊した国に送金されており、その監督がなされていないなど、いかにして可能なのでしょうか?

 

「そうですか。何がしの監督はされてますよ。

 

願わくば議会が将来も、過去に見られるより以上に監視を実施することを望みます。

 

それは可能なのです。

 

例えば、アフガニスタンでの911やそれ以外の工作以前の秘密作戦の支援における巨額の現金の送金に対しては調査が必要と言えるでしょう。」

 

以上が、会計における真実研究所のディレクター、William Bergmanへの私のインタヴューでした。

2013年11月27日 (水)

元連邦準備銀行の分析官が911に先立つM1通貨部門の急増に関して疑問を提起

以下は、http://www.visibility911.org/former-fed-analyst-questions-m1-currency-component-spike-prior-to-911/の日本語訳です。

 

 

元連邦準備銀行の分析官が911に先立つM1通貨部門の急増に関して疑問を提起
2007年7月31日、Michael著

 

元連邦準備銀行の分析官が911に先立つM1通貨部門の急増に関して疑問を提起
Ed Haas著

MUCKRAKER REPORT

 

2007年5月22日– William Bergmanは1990年7月から2004年初頭までシカゴ連邦準備銀行で働いていた。彼は8年間エコノミストとして務めた後、金融市場と決済システムの危機管理方針に関する事項を検証する新しい部署での上級分析官の役職へと異動した。2003年の暮れに、彼はマネーロンダリングの分野での職務を受託するか考えるように求められた。Bergmanはその職務を受託し、業績調査を受け、内密の銀行業務情報にアクセスすることの出来る信任許可を受け取り、その分野で働き始めた。彼は自分は「テロリズムに対する戦いの一部」であると告げられ、「いい質問をしている」と告げられた。

Backofusseal
このマネーロンダリングの分野での職務の一つは、受理された場合には、連邦準備制度の参考情報としての役割を果たすことになる論文をBergmanが作成することであった。

Bergman は自分の新しい職務を、自分自身やマネーロンダリングになじみのない人をマネーロンダリングという話題に通じるようするために、40のQ&Aを作成することから始めた。彼はこのQ&Aが、マネーロンダリングの歴史、この分野での法的進展、金融当局の役割を含む基本原理を扱った、入門教材の役割を果たすことが出来ると考えたのである。

自分の草稿を上司に提出した後、Bergmanは自分の仕事の了承を得、それは参考資料としてみなされうると告げられた。しかしながらBergmanは、彼のQ&Aの中の、一つの疑問には答えがないままにしていた。つまりBergmanは40の疑問に対して39の答えしか提示していなかったのである。その草稿を受け取った上司はBergmanに草稿では答えられていない唯一の疑問に答えて、彼の仕事を続けねばならないと告げた。
何がBergmanが草稿に取り入れた疑問を答えられないものにしていたのであろうか。Bergmanは連邦準備制度理事会が2001年9月11日から数週間後に、12の準備銀行に対して指令書簡を発布し、テロリズムの活動や資金提供の追跡に関する疑わしき活動の報告の精査を促していたことに気が付いていた。しかしながら、Bergmanはまた、理事会が明白にはテロリズムには言及していないものながら、同様な書簡を2001年8月2日に発布していたことにも気が付いた。[1] Bergmanによれば、テロリズムやテロリストへの資金提供は「疑わしき活動」の一部として知られており、2001年8月2日の指令書簡は疑わしき活動の報告の精査をはっきりと求めており、テロリズムの活動や資金提供を追跡することを示唆し、求めたものであったいう。Bergmanの40のQ&Aの中で答えの見つからなかった疑問とは、なぜ理事会は2001年8月2日に書簡を発布したのかという‐極めてまっとうな、論理的で、重要な、そしてまた今日まで答えられていない疑問である。
上司が彼に許可を与え、2001年8月2日の指令書簡に関する答えを見つけるよう指示したという事実を踏まえて、Bergmanは答えを見つける最善の方法は連邦準備制度理事会のメンバーに直接接触することだとの結論に達した。2003年12月に彼は理事会に電話をし、2001年8月2日の書簡の背景にある意味や動機について尋ねた。2週間もしないうちに彼の職務は突然打ち切られ、彼の信任許可は取り消された。
Bergman は説明する:

その頃私は通貨流量のことも調べ、疑問に思っていました。私はこれらの疑問は追及するに値すると考え、私が前述の理事会への電話をした時、問題提起する予定でした。M1通貨部門(銀行以外を流通している連邦準備券)は特に2001年7月、8月に急速に上昇していました。事実、2001年8月までの中で、その月(2001年8月)は、季節ごとに調整された基準では、2001年7月のかなり平均を上回った成長のすぐ後であったのですが、1947年以降のM1通貨部門の最速成長月の三つのうちの一つでした。7月‐8月の急上昇(平均を50億ドル超えていた)は100ドル札単位だったと思われるのです。他にも解釈はありますが、差し迫ったテロリストの攻撃を知り、1979年のイラン人質危機や1998年の大使館爆発の後に発生したような資産没収の可能性について懸念していた人間が、2001年7月と8月に自分達の銀行口座を清算していた可能性があるのです。このマネーを追跡すると、攻撃に責任があったとまでは言いませんが、攻撃を知っていた人間についての重要な鍵を提供することが可能でしょう。この件に関する内部データを調べてみました。このデータは連邦準備制度の内部コンピューターネットワーク内の誰でも参照可能であったのです;1週間か2週間後に再びこうした重要なデータを調べてみると、自由に参照可能ではなくなっており、パスワードで保護されていました。

彼のマネーロンダリングに関する仕事が、理事会のメンバーへの接触による所定手順の言語道断な侵害と当時説明された理由のため打ち切られてからおよそ1ヶ月後に、Bergmanの部署は他の部署に吸収され、彼の14年間の連邦準備制度での職は終わった。彼は、連邦準備制度における彼の役職からの排除は彼個人とは直接関係はなく‐組織上の事情であったと告げられた。彼は退職手当の申し出を受け、それを受け入れ、2004年3月にシカゴ連邦準備銀行を去った。

911に先がけて異常に多く発生したアメリカン航空やユナイテッド航空のような航空会社のプットオプションや、Axa、 Allianzのような世界貿易センター複合ビルの保険会社のプットオプション、あるいは他の利害のあった保険会社のプットオプション(こうした会社の株式価値が911の後に急落した結果、これらのプットオプションで内通者は数十億ドルを手にした可能性が高い)について調べようとも調べなくても、もしくは100ドル紙幣で50億ドルを示していたと見られる2001年7月/8月のM1通貨部門の異常な急上昇について調べようとも調べなくても‐読者に残されているのは、911の予備知識が合衆国内に広く存在しており、その事件は防ぐことが可能であったにも関わらず、その事件は可能とされ、利用されたことを示すさらなる証拠である。

 

そして2001年8月2日の指令書簡とは何であったのだろうか?何がその書簡を書かせた背景にあったのであろうか?悲しいことに、アメリカ人はここでも再び途方に暮れ、自分自身でそれを究明するしかないのである‐なぜなら感情や偏見から離れて法の支配を支持するべく委ねられている人が誰一人、誰が何を、いつ知っていたのかを調べる‐徹底的な断固とした犯罪調査を開始しようとはしないからである。

 

911の予備知識がありながらそれが起きることを防ぐ行動と/あるいは取り組みをしなかったことは、控えめに述べても‐犯罪的に怠慢な殺人行為‐重罪である。アメリカ政府内部や海外情報筋の、また銀行カルテル内部の多くの人間に対して、また広範囲にわたる未起訴の共謀者に対して、正義が待たれており、必ず成し遂げられねばならない。

 

[1] 連邦準備制度理事会, SR 01-18
(SUP), 疑わしき活動に関する報告データベース, August 2, 2001,

http://www.federalreserve.gov/boarddocs/srletters/2001/sr0118.htm,
[Accessed March 21, 2007]

オリジナル記事は
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