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2016年10月 4日 (火)

集団幻想‐月面着陸、ホロコースト、ビートルズ、影武者‐をめぐる鼎談 2/6

以下は、https://www.youtube.com/watch?v=Fx4dOViBqe0 の日本語字幕です。


10:31

私はこの件について大掛かりな検証をしてきました。


この件については実は当初、この本よりも前に出版される予定だったのです。


その本の題名は、『After learnign Nobody Died at Sandy Hook and I suppose we did'nt go to the Moon, either(誰もサンディ・フック(銃乱射事件)では死亡していなかったことを学んだ後、私たちは月に行っていなかったとも、私は思うのです)』というものになる予定でした。


しかしその本の制作上の問題のせいで、この本が最初に出ることになったのです。


実はこれで良かったのです。


なぜならそのため私には前の版に掲載されていたものよりも最新の、より重要な多くの論説を用いて前の本を再編集することが可能になったからです。


他にも続編があり、それは911でのニューヨークの核攻撃に関するものです。


なぜなら大部分のアメリカ人はどのようにして911が実行されたのか、誰が関与していたのか、また何故なされたのか、知らないからです。


ですからブックシリーズの最終巻は911に関する本になる予定なのです。」


11:21

H「素晴らしい。


掘り下げられ、さらに論じられるべき多くの様々な論題があるのですね。


ですが明らかに最も議論をかもす論題はホロコーストに関する事象に違いありません。


その件について詳細はここでは話題にせず、後ほど取り上げたいと思います。


では出版した本の第一の主要な題目についてお話を聞きたいと思います。


私にはこの月に関する件が第一の主要な題目なのか分からないのですが、この件は言うまでもなく本の題名にも取り上げられていますね。


そこでいつ、どのようにしてこの件が本の題名に相応しい論題であるとの認識に至ったのか、教授のお考えをお聞かせ下さい。」


11:55

JF「はい。とても興味深いことですが、2001年に私は二回目のロンドンへの旅に出かけ、妻を連れて行ったのです。


その前にも私は、ロンドン経済大学での英国科学哲学学会の年次会合で基調講演を行うためにロンドンに行ったことがあり、私はロンドンが大好きだったのです。


私にはJanも間違いなく魅了されることが分かっていましたので、二回目の訪問時には彼女を同伴して行きました。


彼女の旧姓はMorganでしたので、適した場所を探していると、Bloomsberry通りの英国博物館の裏にあるMorgan Hotelを私は見つけたのです。


そこで私はそのホテルに予約を取りました。


私たちがそのホテルでBBCチャンネルの一つを見ていると、驚くことに、『Conspiracy Theory:Did We Land On the Moon?(陰謀論:我々は月に着陸したのだろうか)』を放送していたのです。


その番組に私は全く心奪われました。


つまりその時から、私は熱烈な関心を持っているのです。


ですから私自身のラジオショーでは複雑な議論をかもす事象について882時間のインタヴューを発表しているのですが、月面着陸について数時間を割いているのです。


その中にはJay Weidnerへのインタヴューも含まれています。


彼はもちろん、出版した本の寄稿者です。


それはまさに、細切れの情報をつなぎ合わせるに等しい内容なのです。


Winston Wuもインタヴューに答えてくれた一人で、この本の主要な一つの章における彼の月面着陸に関する分析では彼の確かな才能が示されています。


その章の題名は『アポロ月でっち上げ:月に行っていないことを示す35の証拠』というものです。


補足したいのですが、Henrik、私たちは月面着陸について100ページを割き、ポール・マッカートニーについて、浮かび上がってくるその重要性について100ページを割き、サダム・フセインと影武者による彼のすり替えについて50ページを割き、さらに50ページをオサマ(ビン・ラディン)と捏造されたパキスタンでの彼の二度目の死について割き、そして最後の50ページをホロコースト、第二次世界大戦の神話について割いているのです。


全くのところ、私の見解では、この50ページの論考はこれまでホロコーストについて発表された中で最も説得力のあるページなのです。」


1357

H「興味深いですね。


ぜひもっとその件についてお話をお聞きしたいのですが。


月に関する事項については言うまでもなく今までにも議論がありました。


過去を振り返ると、多くの人がこの件については色々な考えを、色々な角度から賛否を述べてきました。


どうして教授たちはさらにこの論題に取り組んだのでしょうか。


再度多くの事象を深く調べ、発表すべき選り抜きの素材を手にしたわけですが、人類が月に行ってはいないことを示す証拠をお教え下さい。」


14:25

JF「はい。月面で撮影された写真中に示された膨大な数の異常点から話を始めることが出来ると思います。


複数の理由により疑わしい異常点が、はっきりと存在しているのです。


例えば、光源が二つあり、影が二つの異なった方向に投げかけられている写真が見つかるのです。


月面着陸船の影の中にいる宇宙飛行士に光が当たっている写真が見つかるのです。


宇宙飛行士は暗くなっていなければならないのに、そうならず、光が当たっているのです。


前方にも後方にもタイヤの跡のない月面探査車両の写真があります。


どのようにしてその月面車両はその場所にたどり着いたのでしょうか。


月面に着陸した後の月面着陸船の写真がありますが、噴出装置の下の砂塵は吹き飛ばされていないのです。


これは言われているように月面着陸船が降りていったのであれば、必ず生起していたはずのことです。


それから着陸装置の脚にも砂塵は付着していないのです。


異常点はさらに数多くあるのですが、これだけでも何を私たちが明らかにしようとしているのか、お分かりいただけると思います。


さらに、Jack Whiteによる興味深い計算があります。


彼は世に知られた映像や写真の専門家で、私は彼とJFKに関する検証との関係で知り合い、親しい仲間になりました。


JFKに関する検証において彼は次から次に異常な点を、Zapruderフィルムが改ざんされていたことを示す多くのしるしやLee Oswaldの裏庭で撮影された写真が捏造されたものであったことなどを発見したのです。


そしてこの事例について、彼はインターネット上で閲覧可能なホームページを開設しています。


Jack White Apollo Moon Photo Studies』で検索すると見つかります。


そして最も興味深い部分は、これから述べるそれらの写真の詳細な特長です。


11号、12号、14号、15号、16号、17号というさまざまな6回の月面着陸の間に何枚の写真が撮影されたのか、彼は計算して説明しています。


彼には総計5,771枚の写真が4834分の間に撮影されていたことが分かったのです。


そこで彼は以下のように書いています。


『写真撮影以外の活動をしていなかったとしても、このような離れ業は明らかに不可能である。


記録されている宇宙飛行士の活動のせいで、ますます不可能となる。


ご想像いただきたい。


人類が月面にいた間に、毎分1.19枚の写真が撮影されていたというのだ。


これは50秒ごとに1枚ということである。


NASAが隠そうとしてきた秘密が明らかにされたのだ。


アポロの月面での船外活動を記録したと称される大量の写真がそのような不可能な時間枠の中で月面で撮影されたとは考えられないのである。


ではなぜそうした写真が存在するのだろうか。


どのようにしてそうした写真が作成されたのだろうか。


人間は月に行ったのだろうか。


それともこれは本当に史上最大のでっち上げなのだろうか。』


そうです。それは私たちが集めたその他の証拠により、疑いなく史上最大のでっち上げであることが確定されているのです。」


1725

H「そうですか。


ではワーナー・ヴォン・ブラウンについて少し話していきましょう。


言うまでもなく彼は第二次世界大戦と関係があります。


ドイツが破壊された後に、彼はアメリカに身を移しました。


彼はどれくらいアメリカの宇宙計画に貢献していたと、教授はお考えですか。


そのことには重要性があるのです。


もちろん彼の関与が、人類が宇宙に行ったという事実を示すものではありませんが、いつ、さらにいかにして人類が月面に着陸したのかについての詳細と関係してくると思うのです。


これは正しい評定でしょうか。」


1756

JF「はい。


ワーナーはペーパークリップ作戦の一貫としてアメリカに呼び寄せられました。


この作戦で、多くのドイツの最高の科学者や情報関係者がアメリカの情報機関に組み込まれたのです。


NASAまでも、明らかにCIAの一部門であることが分かっています。


それから当時アメリカはロシアがアメリカよりも先に宇宙に打ち上げた人工衛星スプートニクのせいで苦しい立場にありました。


ロシアが技術的に、科学的に優位にあることを示していたからです。


そこでJFKが人類を月に送り込む計画があることを宣言をしたのです。


今では私は、もしJFKが生きておれば、克服不可能な科学的障壁について知らされていたであろうと考えています。


そうした一つが、例えば、ヴァン・アレン放射帯です。


NASAも、火星への有人飛行の最大の障壁はヴァン・アレン放射帯を克服することであると最近認めているのです。


これは爽快な話です。


彼らは2012830日にこの発表をしたのですが、ヴァン・アレン放射帯は何も新しいものではなく、地球が形成された時から存在しているのです。


それが火星への有人飛行を妨げるのであれば、月への有人飛行を妨げるものでもあることになります。


つまり彼らは自分たちがどれほど大きなことを認める発表をしていたのか、分かっていなかったということです。


ではワーナー・ヴォン・ブラウンですが、彼はこの全てに関与することになりました。


彼はエンパイヤ・ステート・ビルの3倍の大きさの、月に行く宇宙船を設計しました。


そして彼は、それが数基必要であると述べていました。


しかし、それが科学的に不可能であることが技術的に明らかになり、彼は隠蔽工作に加担することになったのだと、私は考えています。


その一つが、南極への旅の実施です。


これは、小惑星の月への衝突によって月表面から飛び出し、地球の重力場に捕らえられ、地球のその地域に落ちてきた月の石を採取するためになされたと考えられています。


ですから彼らは実際に、正真正銘の月の石を提示することが出来たのです。


そのようにして地球にたどり着いた月の石を、彼らは宇宙船から持ち帰ったものであると主張したのです。


南極への旅は1966年、1967年の現地での夏に実施されましたが、こうしたことがなされていたと考えられるのです。


こうしたイカサマを仕掛ける際に用いられた技術は、多くの映像作品の中でうまく描写されています。


特に優れているのが『カプリコン1』でしょう。


この作品は火星への有人飛行の捏造についての映画で、数人の有名な俳優が出演しています。


その中には、前妻を殺害するという不名誉な行為をなす前のO J.Simpsonも含まれています。」


2038

H「そうですね。」


JF「その映画ではとても画像の荒い映像のみを配信するという手法が示されています。


つまり、全てはセットで作成されたと考えられるのです。


スタンリー・キューブリックが使用する映像を作成したと考えられています。


見返りとして彼は『2001年宇宙への旅』の製作資金を与えられたのです。


Jay Weidnerがこの件についての第一人者で、素晴らしい論説を発表しています。


彼はいかにしてフロント・スクリーン・プロジェクションという手法を利用して、これがなされたのか、解説しています。」

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