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2016年6月29日 (水)

ビートルズ、ホロコースト、その他の集団幻想をめぐる対話 2/4

以下は、https://www.youtube.com/watch?v=3XtTSf-6GD8の日本語字幕です。


10:06

JF:そうですね。月着陸に関して最も印象的な章は、Winston Huが書いた「アポロの月でっち上げ、私たちが月に行かなかったことを示す35の証拠」という章です。

 

JR:それは読んでみたいと思います。

 

面白そうですね。

 

JF:魅了されますよ。Jeff

 

私たちは月着陸に100ページを割き、それからポール・マッカートニーに100ページを割いています。

 

ポールの事例がこれほど重要である理由は、世界で最も観察され、最も詳細に調べられた人物をすり替え、うまくやってのけることが出来たのであれば、誰でも、どんな人物でもすり替えることが出来るということになるからです。

 

JR:どんな人物でもですね。

 

JF:どんな人物でもです。

 

JR:それは言うまでもなく、大きな教訓ですね。

 

JF:私のお気に入りについて尋ねられましたが、それはJames A. Larsonが書いた「ポールの代役、誰が、いかに、なぜ」という題の章です。

 

彼の父親は「The Four Preps」として知られたバンドのリーダーで、彼は音楽の世界の中で育ちました。

 

全く興味深いことですが、Jeff、彼は実際にポールに成り代わった人物を突き止めているのです。

 

ですからこの章に私はスリルを感じました。

 

Larsonは多くの時間と労力を費やして調べ、6人の候補者を洗ったのです。

 

そして最終的に彼はその人物を突き止めたのです。

 

…聞き取り不可能…

 

彼は次から次に証拠を示し、次から次に写真を、彼の両親の、子供の写真を示しているのです。

 

これは間違いなく驚くべき進展であり、実際に誰がポールに成り代わったのかを突き止めることが出来ているのです。

 

JR:そうですか。腰を据えてこの本を読みたいと思います。

 

本はあるのですから。

 

この本を読む時間が必要ですね。

 

教授が行ったのは注目に値する事件を取り上げ、かなり高度な検証を行ったということですね。

 

これらは長年の間、非公式にささやかれていたことです。

 

ですがヴァン・アレン帯についてNASAが発表した時、私はその話の裏を読み取り、笑ってしまいました。

 

…聞き取り不可能…

 

彼らは何と言っていたのでしょう。

 

JF:そうです。Jeff。あなたは騙されやすいお人好しではないのです。

 

不運なことに、大部分のアメリカ人は科学的に無学なのです。

 

彼らはアポロの宇宙服は実際には仮装であり、ヴァン・アレン放射帯を通過する際に必要とされる保護をもたらすことは全く不可能であり、放射線が貫通していたことを理解しないのです。

 

写真の異常点には全く驚くばかりです。

 

例えば、月着陸船の写真には、ロケットエンジンの噴出によって吹き上げられたクレーターの痕跡が見られないのです。

 

JR:クレーターなど全くありません。

 

JF:着陸装置には粉塵さえ付いていません。

 

JR:明らかにクレーンで置いたのです。そうに違いありません。

 

JF:その通りです。

 

JR:そうです。

 

JF:月探査車両の写真もありますが、車両の前後に轍が見られないのです。

 

ご指摘のようにクレーンで置いたのです。

 

私が最初に興味を持ったのは…

 

JR:それは面白い写真ですね。

 

写真は掲載されているのですか。

 

JF:はい、そうです。もちろん、掲載されています。

 

大量の写真を掲載しています。

 

この本には実際に、写真、図表、検証がジャムのようぎっしり満載されているのです。

 

アウシュビッツの地図までも掲載しています。

 

Jeff。アウシュビッツやその他の多くの施設は、絶滅収容所であったという考えとは一致しないということが、信じられますか。

 

JR:そうです。

 

私は写真を見たことがあります。

 

私はこの件について大学にいた時から25年間研究していますので、教授のおっしゃることは分かります。

 

JF:そこには病院や産婦人科施設もあったのです。

 

JR:オペラ劇場もありました。

 

JF:オペラ劇場があり、交響曲楽団もいました。

JR:そう、そうです。

 

JF:木工品製作所もあったのです。

 

JR:こうしたことを話すのは何もそこでピクニックをするためではありません。OK

 

要点はそうではなく、私たちには全体の話が分かっていないということです。

 

今から全体の話を知って、自分自身の考えを決定することになるということです。

 

JF:Jeff。売春宿まであったのですよ。

 

JR:はい。知っています。

 

JF:ハハハハ。

 

言えることは、事実として、こうした収容所は絶滅施設ではなかったということです。

 

これは私たちのホロコーストについての検証の最大の貢献の一つなのです。

 

私たちはホロコーストに対して4人の執筆者で50ページほどを割いています。

 

この4人が寄稿した内容は、いずれも全く卓越しています。

 

それらは生化学の原理、材料科学の原理に基づいているだけでなく、ホロコーストではチクロンBを利用したガス室で600万人のユダヤ人がガス殺されたと規定する公式の主題あるいは主張に対する反証が可能であることを確定するものでもあるのです。

 

彼らの論点は以下のようなものになります。

 

チクロンBはシアン化物(青酸カリ)の一種であり、遺体をピンク色に変色させるものであるのに、いずれの収容所においてもピンク色の遺体に関してはいかなる報告も存在していないということです。

 

JR:青い色の壁があったことにも言及して下さい。

 

JF:それは全く優れた指摘です。Jeff

 

全く正しい指摘です。

 

なぜならチクロンBは、使用された部屋の壁をまた青色に変色させもするからです。

 

しかし青色になっていた壁は、身体についたシラミを駆除するための燻蒸消毒用の部屋の壁だけだったのです。

 

それは収容所でのチフスやセキリ、その他の問題の蔓延の予防と関係があったのです。

 

それは衛生のために、公衆衛生の目的で使用されていたのです。

 

JR:その通りです。

 

15:15

JF:彼らを急にそれを死と破壊の装置に変質させたのです。

 

600万という数字には神学的、宗教的な起源があり、実証可能な、歴史的なものではないことを信じられますか?

 

この点を理解して下さい。Jeff

 

236を超える国際的な報道や出版物において、ニュールンベルク裁判の前に、600万人のユダヤ人が死に瀕している、苦しんでいる、命を失う恐れがあるとの言及が存在しているのです。

 

最初の言及はニュールンベルグ裁判の前、1890年に始まっています。

 

JR:そうですか。

 

歴史的観点から見て600万という数字が最初に出てきたのは、第一次世界大戦の直後のことであったということを読んだのを私は記憶しています。

 

それではずっとあったわけですね。

 

JF:そのような発表の様々な実例が数多くあるのです。

 

JR:教授の行ったことは見事であると言わせて下さい。

 

これは注目すべき本です。

 

私が考えていたよりもはるかに注目に値する本です。

 

ですから私は機会を見つけて、ぜひ読んでみたいを思います。

 

本の名前をもう一度お聞かせ下さい。

 

正式の題を教えて下さい。

 

JF:And I suppose we didn't go to the Moon, either?(それから私たちは月に行っていないとも、私は思うのです)」です。

 

これはCreate Space.comにて入手可能です。

 

またAmazon.comでも入手可能です。

 

JR:スタンリー・キューブリックの奥さんが現在もご存命です。

 

ですから私は彼女が亡くなる前に、この件について正直で率直なインタヴューを受けてもらいたいと望むのですが。

 

面白いと思います。

 

大昔のことです。

 

誰が気にするというのですか。

 

そうでしょう。

 

私たちはうまくやってのけたのです。

 

それは政治的な動きだったのです。

 

そしてうまく行ったのです。

 

JF:Jay Weidnerによって書かれた素晴らしい章があります。

 

JR:Jayは分かっています。そう。

 

JF:いかにしてスタンリー・キューブリックが、フロント・スクリーン・プロジェクションと呼ばれる技術を用いて映像を撮影したのかに関する章です。

 

JR:まさしく、その通りです。

 

Jayは分かっています。

 

私はJayのことを長年知っています。

 

JF:彼は優れた人物ですね。

 

私は彼を私の番組に呼んだことがあります。

 

私は彼のことを大変気に入っています。

 

JR:彼は素晴らしい人物です。

 

私はJayを長年知っています。

 

彼はとても賢く、とても良い研究者で、聡明な分析者です。

 

彼はすぐさま物事を理解します。

 

OK。題名を教えて下さい。

 

JF:And I suppose we didn't go to the Moon, either?(それから私たちは月に行っていないとも、私は思うのです)」です。

 

JR:And I suppose we didn't go to the Moon, either?(それから私たちは月に行っていないとも、私は思うのです)」ですね。

 

気の利いた題名ですね。

 

JF:元々は、「No One Died at Sandy Hook(サンディ・フックでは誰も死ななかった)」という題名が先に来るはずだったのです。

 

JR:そうですか。もっと良い題名にしたということですか。

 

JF:私はこのことを多くの様々な方法で実証しています。

 

しかし実は、この本の制作には遅れが生じたのです。

 

そのため私はこの後、次に再編集のプロジェクトをすることになっているのです。

 

ですから本の題名は「No One Died at Sandy Hook and I suppose we didn't go to the Moon, either?(サンディ・フックでは誰も死ななかったし、それから私たちは月に行っていないとも、私は思うのです)」というものになるはずだったのです。

 

JR:そうですか。

 

気の利いた題名ですね。

 

でも構わないでしょう。

 

なぜならこの本はそれ自身で独立出来ているからです。

 

JF:私も同感です。Jeff

 

これで良かったと思います。

 

なぜならこの本は、重要で大きな事象を取り上げ、バラバラにし、生のデータにまで解体しているからです。

 

実際、ホロコーストに関して言えば、私たちにある最上の実証的なデータは国際赤十字委員会によるものであることが判明しています。

 

彼らは全ての収容所を訪れていたのです。

 

JR:彼らは全ての収容所に行ったのです。

 

彼らには活動的な職員がいました。

 

アウシュビッツは戦争の全期間を通じて製造施設として機能していたのだと、私は思います。

 

JF:全くその通りです。

 

他にも論点はありますが、一つの論点としてアウシュビッツではユダヤ人よりもカソリック教徒の方が多く死亡していたことを信じられますか?

 

JR:そうですか。

 

私は驚きません。

 

第二次世界大戦に関しては、何事も私を驚かせることはありません。

 

私たちは何が起きたのか知らないのですから。

 

ごくわずかの人だけが知っているのです。

 

JF:国際(赤十字)委員会は検証を1993年に最新のものに更新しました。

 

Jeff。彼らはおよそ297,086人の人々が全収容所では死亡したと結論付けたのです。

 

これは私たちが聞いてきた数とはかけ離れています。

 

JR:おそらく聞いたことがないかも知れませんので、参考のために申し上げたいのですが、ドイツ人は何かを建てる際にはいつでも、詳細な記録を残していました。

 

建築上の記録、設計図、工事記録などを残していたのです。

 

全収容所には一定数の火葬炉がありました。

 

まず第一に、彼らは死者全員を埋葬することは出来ませんでした。

 

彼らには時間がなかったのです。

 

人々がチフスや病気で死亡すると、今や火葬炉があるのです。

 

死者は火葬されるのでした。

 

そうしたことが起きたのです。

 

私はこの番組に一人の若い人物に出演してもらったことがあります。

 

彼は戦時中若者だったのですが、今でもかなり若い感じでした。

 

それから私はこの話を以前にもしたことがあります。

 

聞いたことがあるのであれば、彼が私に話した話なのです。

 

彼は12歳で、チフスに倒れました。

 

彼は病院に収容されました。

 

ドイツのどの都市だったかは忘れましたが。

 

そこにはチフス患者用の大きな病棟がありました。

 

その広い部屋には100人程がいたかも知れません。

 

彼らは皆病気で、苦しんでいました。

 

死亡する人もいれば、生き延びる人もいました。

 

ある日、彼がこの番組で言うには、ドアが開いて、二人の男性がとても大きな鉄製タンクを携えて、部屋の真ん中に入って来たとのことです。

 

そしてタンクの上のバルブを開き、部屋を去ったというのです。

タンク内のガスが部屋に充満しました。


そこで彼がタンクに書かれた文字を読むと、そこにはチクロンBと書かれていたというのです。


彼らはベッドや髪や部屋中いたるところにいたシラミを退治しようとしていたのであり、病院のチフスを患った患者に対処するためにそれを使用していたのです。


そして30分か1時間程すると彼らは戻って来て、窓を開けて、出て行ったと彼は言うのでした。

 

20:25

 

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