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2015年8月31日 (月)

学問の自由会議 1/6

学問の自由会議 1/6

以下は、https://www.youtube.com/watch?v=PCUWCYImC_Iの日本語字幕です。

学問の自由会議
学術的探求に制限が存在するのか?
6部構成の第6部

 

James H.Fetzer 博士

 

イリノイ大学、学生会館
2014年4月26日

 

主催者 911の真相を追求する学者たち&Midest 911 truth

00:10
「学術的探求に制限が存在するのか」と題された今回の学問の自由の会議の主催者として、この会議の着想を考えついたSteven Francisに、また全ての参加者に、今日ここにお集まり頂いた皆さんに感謝を表明出来ることは、光栄なことです。

00:37
「歴史とは生者が死者を利用する
     嘘の塊である」
    --ヴォルテール

 

前提:歴史は真実と精確さを
   求めるに違いない

 

JFKについては? 911については? ホロコーストについては?

私の方法論は捏造に関するもので、「歴史とは生者が死者を利用する嘘の塊である」というヴォルテールが提起した命題を検証するものです。

前提は当然のことながら、歴史は真実と精確さを求めるに違いないというものです。

JFKについてはどうなのでしょうか。

911については。

ホロコーストについては。

00:54
   JFK

 

(1)Oswaldにそれをなすことは不可能であった

 

(2)複数の狙撃と複数の狙撃者

私たちは、一人の孤独な精神を病んだ銃の名手が三発を発射し、二発を命中させ、州知事を負傷させ、大統領の命を奪ったという公式説明を知っています。

01:07
狙撃者は一人で、三発を発射し、陰謀はなかったというものです。

しかしながらOswaldにそれを出来なくさせる事実が、あるいは三発以上が発射された、複数の狙撃者が存在したという事実があるとすれば。

少なくともJFKに関しては、ヴォルテールは正しかったと考えられることになるのです。

01:30
これはうまく描かれた公式のシナリオです。

1963年11月22日にデイリー・スクエアでOswaldが六階から、第二次世界大戦の年代物のマンリカ・ カルカノ・ライフルを用いて、三発を発射し、二発を命中させ、一発がそれたというものです。

午後12時30分に狙撃が起こった後、彼は午後1時40分にテキサス劇場で警察に逮捕されました。

私が最初に彼の死を知ったのは、海兵隊の若い士官であった時で、ヘリコプター強襲揚陸艦イオージマに乗っていて当時の副艦長が午前3時30分に私を起こし、大統領が撃たれたと教えてくれたのでした。

そして1時間後にまた私を起こし、捕まった大統領を撃った男は共産主義者だったと教えてくれました。

その時、私は何て手際の良い仕事だと思いました。

そして今日、私はその理由を理解するのだと思います。

02:34
AP通信社のカメラマンJames“Ike”Altgensが撮影したおそらく最も有名な暗殺の写真には、少なくとも4つの極めて重要な特徴があります。

まず、喉に当たった弾丸のせいで大統領は既に喉に手を当てているのですが、丸1の中央に示されているようにその弾丸は、標的までの軌道上で、フロントガラスを貫通していたのです。

丸2は玄関口にいる人物を囲んでいますが、その人物の身元は議論の的になっています。

一部の人は、その人物は実際にLee Oswaldであると信じています。

しかしながら政府は、その人物は彼の同僚、Billy Loveladyであったと主張しています。

このことを見ていくことにしましょう。

丸3はCIAの所有物であったウラン採掘会社の掃除用具入れ物置の窓を囲んでいますが、ここから三発が発射されたと考えられるのです。

その三発だけが、その日デイリープラザで消音装置なしの銃で発射された弾丸だったと考えられるのです。

丸4では、副大統領を護衛していたシークレットサービスの車両が既に反応していることが分かります。

JFK自身の護衛チームが、まるで何が実際に起きているのか分からないとでもいうように周りを見回しているのに、彼らは既に反応しているのです。

03:52
これはフロントガラスの大写しです。

左側の画像にご注目下さい。

この部分に暗い穴と小さな白い渦巻状の曇りを見ることが出来ます。

右側の画像では、フロントガラスに蜘蛛の巣状のひびが入っています。

これは後にシークレットサービスによって作成されたものでした。

パークランド病院では多くの目撃者がこの穴に気付いていました。

実際、一人の警察官はその穴に鉛筆を差し込んでいたのです。

04:13
弾丸がフロントガラスを貫通したこの穴はザプルーダーフィルムの225コマでも見えます。

言うまでもないことですが、これは前方から発射されたものです。

04:26
しかしながら、玄関口付近を拡大して見ると、何が起きているのかと外を見ているような仕草をしている人物と、その横で手を上げて太陽から顔を覆っている人物に気が付きます。

04:41
比較的最近までこれが事実であったとは私は知らなかったのですが、Lee Oswaldを取り調べた殺人担当刑事Will Fritz が書いた手書きのメモが2007年に実際、公表されていたことが判明しています。

04:59
そのメモは、Lee Oswaldが自分は狙撃の最中にBill Shelley と一緒に表に出ていたと説明していたことを示しています。

こうして私はAltgensの撮影した写真へと導かれることになったのです。

この写真をよく見ると、複数の異常な点に気付きます。

特に異常なのは、玄関口にいる人物の左肩が失われていることです。

さらに加えて、この人物の後ろの黒く細いネクタイをしている人物、彼を黒ネクタイの男と呼びましょう、この黒ネクタイの男が玄関口にいる人物の前方と後方に、同時に存在していることです。

そしてそのすぐ右側を見てみると、手を上げて太陽から目を遮っており、見るからに顔が不鮮明にされている人物の前方にいる人物の顔もまた、不鮮明にされ、消されていることが分かります。

私は、この人物がLee Oswaldであったに違いないと当初は思っていました。

05:52
しかしながら、玄関口の人物の身長、体重、体格、この時着ているTシャツ、シャツ、をよく見ると、逮捕された時のLee Oswaldの身長、体重、体格、Tシャツ、シャツと一致する多くの特徴があることが分かるのです。

06:14
Richard Hookeはこの写真の分析において天賦の才能を発揮し、多くの検証結果を発表しています。

彼の検証結果は、脊柱指圧師で、人の身体や衣服がどのように身体に合うのかを扱った豊富な経歴を持つRalph Cinqueが示したことを具体的に示しています。

彼が玄関口の人物の身元は、その人物の顔をよく見ることによってではなく、彼の服装をよく見ることで解明可能となるということを私に最初に提示したのです。

06:49
そしてまさしくこれがBilly Loveladyなのです。

全く異なる種類の、半袖の、赤と白の縦縞のシャツを着ています。

FBIの要請でこのシャツを、彼は964年2月29日にFBIに持参し見せたのでした。

一方、玄関口にいる人物は長袖の…聞き取り不可能…胸元の大きく空いたシャツを着ています。

全く異なっています。

ですからBillyがこのシャツを着ていたのであれば、彼が玄関口の人物であった可能性はないのです。

07:21
そして実際に、これがFBIからFBI本部に提出された公式の報告書です。

下線が引かれた第一段落の一番最後の文章に、彼は赤と白の縦縞のシャツと青いジーパンを着用していたと説明しています。

このことはまた、遠路ニューヨークからダラスまで飛行機で行きBillyと実際に話した、独自にJFKについて調べているJones Harrisも確認していることです。

07:49
しかしながら、彼らはBillyの顔の特徴を玄関口の人物の顔に重ねることで分かりにくくしていたようなのです。

まるで先ほどのFBIによって撮影された三枚の写真に戻るかのようです。

熟考すると、三枚の写真のうちの左側のより離れて撮影された写真は、Oswaldの顔の特徴をBillyの顔に重ねて合成することで、Oswald化されていたことが明らかになるのです。

08:14
他にもう一人だけ玄関口の人物として候補に挙がっている人物がいます。

彼は群衆の中におり、赤と黒のチェックのシャツを着て、上までボタンをかけています。

Billyは、自分はLeeよりも2、3インチ背が低く、15ポンドから20ポンド体重が重いため、自分がLeeと間違われるとはおかしなことだと思うと述べていました。

チェックのシャツを着た人物の場合、彼らの身体の輪郭を比較すると、Billyに似た所は何もなく、ゴリラのように見えることが分かります。

このため私は彼をゴリラマンと呼んでいます。

彼は玄関口の人物よりも、少なくとも30ポンドかそれ以上体重が重いに違いありません。

08:58
彼らが行ったと考えられているのは、オリジナルの写真から特定の特徴を取り出し、それらを様々な方法でまとめ直したということです。

例えば、左側に立っていた人物を後方に移動させ、黒ネクタイの人物にしたのです。

またあからさまに、左の肩を削除したのです。

彼らが顔を不鮮明にしたのは、その人物がBill Shelleyだったからだと考えられます。

なぜならLeeがFritzに、自分はBill Shelleyと一緒に外に出ていたと語っていたからです。

彼らはBill Shelleyが実際にそこにいたと推測したに違いありません。

自分でそこにいない限り、どうしてLeeにそのことを知ることが出来たのでしょう。

そうすると手を上げて目を保護している人物はBilly Loveladyであったと考えられることになります。

ですからこの写真を調べると、Billy Loveladyが玄関口にいたという事実が、玄関口の人物としてでなく、玄関口の人物の右側にいたという事実が実際にあったことが分かるのです。

09:50
この有名な写真を、Roy Schaefferという名のOswald無罪キャンペーンの検証グループのメンバーがDayton新聞社で働いていた時、23日土曜日に、写真ファックスで受け取っていたのです。

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