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2013年11月25日 (月)

付随的被害 3/5

以下は、http://www.wanttoknow.info/911/Collateral-Damage-911-black_eagle_fund_trust.pdf#search='colateral+damage+911+ep+heidner'の日本語訳です。(p24からp28)

 

付随的被害 第三部

 

 

新興財閥と西側

 

1980年代後半、Gorbachevの下にいた、将校Bobkovと Kondaurovは数人の聡明で若い「ロシア人」企業家のスポンサーとなり、彼らが Riggs-Valmetとして知られるスイスのコンサルタント集団と共に働くことが出来るように調整した。170 これは1988年にGeorge Bushによって彼の兄弟と元国家安全保障会議責任者の用心深い監視の下で調整されたRiggs工作活動と全く同じであった。これらの新興財閥の第一世代の名前は以下である。

 

· Mikhail Khordokovsky
· Alexander Konanykhine
· Boris Berezovsky (Berezovskii)
· Roman Abramovich

 

p.25
Alexander Konanykhineは、Boris Yeltsinとして知られるロシアの辺境出身の無名のロシア議員のキャンペーンの資金提供の半分を受け持つことになる。Yeltsin は選挙に勝ち、ロシア大統領になる。KGBの保護の下で、Konanykhineはロシアのマネーをロシアから運び出すために利用されることになる一連の銀行を開いた。最も顕著だったのはRussian Exchange Bank、European Union Bank、そしてBank Menatepでの自身のMikhail Khordokovsky との提携関係であった。European Union BankはAntiguaでインターネット銀行として稼動しながら実際にはマネーロンダリング活動をしていた。この銀行を稼動するために利用されたコンピューターから、Washington DC.のPennsylvania Avenue 1429 Suite 347の、Konanykhineの知人であったVal Kulkovへと辿り着いた。この銀行のインターネットアドレスはAegisと呼ばれる会社によって所有されるインターネットアドレスのブロックのものであった。Pennsylvania Avenue1445 の当時Aegisを支配していたThayer Equity Investorsは同じビルの3階にあった。Thayer Equityの住所はまたかつてHohlt Groupによっても利用されていた。Hohlt Groupは現在はPennsylvania Avenue 1433にあり、実質的に玄関先にある。こうした集団には興味が引かれる。なぜなら彼らを支配する人物は以下のアメリカ共和党の金融面での影の実力者であるからである:Frederick Malek (Thayer Equity ) そしてRichard Hohlt (Hohlt Group)。Hohlt はRichard Armitageの知人であると伝えられている。

新興財閥 Mikhail Khordokovskyはロシアからマネーを移動する担当であり、またロシアの石油とガス産業の乗っ取りのための主要な金融組織を設置する担当でもあった:その組織とはBank Menatepである。時と共に、RiggsはそのBank Menatepに対する支配を51%から公開された4%へと弱めることになる。もっともこの機関の全体的な所有権はプライバシーのため秘密にされたままであるが。
Khordokovskyの取引はまた以下のガス産業の乗っ取りも伴っていた:Gazpromと元々はPalmer and Lauderによって支配されていた現代的なAEBである。

 

新興財閥Roman Abramovichはシベリアの巨大石油企業Sibneftの株を買うためにValmet-Riggsと共に活動した。171 Abramovichは Runicomと呼ばれるエネルギー取引会社を興したが、これは完全に Valmet-Riggsによって所有されていた。Runicomの実際の受益株主は全く公開されなかった。172 Abramovichは、かつてBCCIとIran-Contraに関与した銀行家であったBruce Rappaportの所有するスイスの従属会社の一つのオフィスから、自分の活動を運営した。彼らが興したビジネスは石油とガスの取引であった。自分の取引の一環として、彼は間もなく新興財閥Boris Berezovskyと関わり、提携を結ぶことになる。

 

新興財閥Boris Berezovskyは伝えられる所によれば、マフィアとの強いつながりのある中古車販売業者として自分の経歴を開始したという。彼はまたRiggs-Valmetから指導を受け、Roman Abramovichと提携を結ぶようになったと伝えられている。彼の役割は様々な金融上の乗っ取りの背後で販売をためらう際に「圧力」を与えることであったと考えられる。

 

彼らのうちのこの4人目の人物がロシアの石油とガス産業を支配し、Riggs-Valmetのコンサルタントの指導の下で手はずが整えられた隠れた受益者のために表に立つ人物となるのであった。このレポートは、この隠れた受益者が万が一見つかれば、Black Eagle Trust、Project Hammer等の不法な受益者を明らかにすることになり、彼らと911の余波の中での2400億ドルの債券の決済による受益者は同一であろうと推測するものである。

 

ロシアの南、カザフスタンでは、Nursultan Nazarbayev が当初James Giffenと共に、西側経済への石油の流れを開くために活動していた。Giffen が足場を築いた直後、Nazarbayev はShaul Eisenberg、Marc Rich、 Dick Cheney、George Sorosと共に活動した。アメリカの腐敗行為防止法を侵害していた恐れのあったJames Giffenの活動に対するFBIの捜査は、その記録を世界貿易センターのFBIの23階オフィスに保管していた。Giffenの裁判の範囲は、Giffenの弁護団の抗議に反して、裁判所によって1994年から以降の活動に限定された。弁護団はGiffenがホワイトハウスの指示の下で活動していたことを示すことが出来るため、Giffenの活動の範囲を1991年にまで遡って公開する必要があると主張した。Pulitzer 賞受賞経験を持つSeymour HershはNazarbayev大統領の初期に多くの不法な石油スワップがなされたと報じたが – Giffenの裁判の際にはこうしたことは全く明らかにされなかった。173

 

大いなるルーブル詐欺

 

ソビエト連邦に対して仕掛けられた経済戦争を理解すると共に、George Bush大統領に1991年9月11日にこの攻撃の一環として2400億ドルの秘密債券を発行した責任があったという報告に焦点を当てる必要がある。

 

 

p.26
これがまぎれもなく事実であったことを示す8つの情報筋からの6つの証拠がある。こうした事実の多くは、こうした主張をする人々によって発表されたインターネット上で入手可能な文書によって裏付けられる。174

 

 未判明の資金源により、1991年から1992年の間にルーブルが大掛かりな攻撃を受けていたことを示す多数の調査報告が存在する。アメリカドルでのソビエト連邦からの資本逃避は、Fidel Castroによれば5000億ドル、Gorbachevによれば1兆ドルと推定された。誰かがこうしたドルへの資金提供といううまい部分を仕組んだに違いなかった。こうした主題に関して最も信頼出来る情報筋、Claire Sterlingがこの攻撃の背後には未判明の情報工作活動があったと記している。

 

 

「ロシアの外にいた人間はほとんど誰も一大ルーブル詐欺について聞いたことがないという事実は、ある程度は一見した程度では信じられない詳細のためであるとして説明可能であろうが、またある程度は、西側がかなり微妙な政治的話題に触れることをためらったということで説明可能であろう。悪の帝国の崩壊を喜んでいた西側政府は、新たに生まれつつある民主主義における悪は全て、堕落した共産国と同一視されていた政治家に端を発していたと想定することを望んでおり、また外見上、実際にそのように想定していた。誰もそれとは反対を示す不埒な証拠を認める準備は出来ていなかった。そのような地球規模の工作活動を仕掛ける3、4人の人物の能力、依然として世界の超大国であった国家に対する彼らの非常に強い影響力、事の初めから終わりまで終始一貫した彼らの特異な免罪力から、導き手は一つではなく、複数の情報機関であったことが示唆される。」175

 

1991年と1992年にロシアにこうした規模の「現金」が出回っていたという主張を裏付ける文書はまたStephen Handelmanの著書 Comrade Criminalにおいても見られる。 Handelmanは、ソビエト連邦の崩壊の後にアメリカに持ち込まれたKGBのファイルにアクセス出来たと考えられるが、1991年以前に、ロシアの共産党が4350億ルーブルの「自由に交換可能な通貨」を保有しており、クーデターの後の夏、ロシアには一箇月前の事前通知で3000億ルーブルまでも提供出来る無名の人物がいたことを記している。176 前者の事例の4350億ルーブルは1991年7月の2400億ドルに換算される。この資金が換金されソビエトから運び出されたのであった。このルーブル詐欺にはこれ程大きな規模で強いドルを提供することが必要であったことになる。1年後の、Handelmanの示す第二の事例は犯罪者が直ちに30億ドルから45億ドルを自由に出来たことを示している。177 比較して言えば、同じ時期に、アメリカ議会は予算上限制約のために100億ドルの歳出予算案を通過させることが出来なかったのである。

 

 ロシアの中央銀行の第一副総裁であったAndrei Kozlovは損失についての調査の指揮を執っていたが、1991年に中央銀行から4000億ルーブルが盗まれたと伝えた。(1992年にチェチェンで発生したはるかに小規模の同様な詐欺と混同しないよう注意していただきたい)こうしたルーブルは、ロシアへの貸付の担保として交換可能通貨の債券を遠く離れたチェチェンの銀行に預け、そして資金が撤収されると同時に、その遠く離れた銀行からその担保付手形を消滅させた何者かによって盗まれたのであった。178 闇市場での1ルーブルの価格は約1ドルであったが、当時の「公式な」交換レートは1.8ルーブル/1ドルであった。4000億ルーブルに対して公式のアメリカドルでの対応値を用いると、この盗みは2220億ドルに換算される。Kozlovはこの4000億ルーブルがどこに行ったのか理解に近づいたと発表した直後に狙撃された。当時の中央銀行の代表は‐元KGB将校であったGeorgy Matyuhinで‐Yeltsinの利益のためにYeltsinのFirst DeputyであったKhasbulatovの要請を受け、彼がこうしたクレジットを承認したのであるが、MatyuhinはCIAの情報提供者であると報じられた後に引退した。179

 

 

 CIAの秘密資金の資金管理者であったRussell Hermanの妻、Mrs.V.K. Durhamは宣誓証言においてGeorge H.W. Bush、Oliver North、 Alan Greenspan が夫に債券を手放すよう強要したと主張した。彼らは後に関連する金融取引でHermannのサインを偽造したという。180 彼女はまた彼らに3年後の夫の死の責任があったとも主張する。つまりHermannがそれらの資金はBushの取り巻きの私的不正資金ではなくアメリカ市民の財産であったと信じ、それらが使われる方法に抗議したことが彼の死の原因であったという。Wantaもその後、彼の秘密作戦からの収益はアメリカ大統領によって使用される秘密の不正資金ではなく公的資金とならねばならないという同様な立場を維持している。181

 

 海軍情報部(ONI)の複数の情報筋が数千億ドルの規模の取引の詳細を示す100ページを超える銀行取引の資料を公表している。これらはDerek Vreelandがカナダの刑務所から発表したファイルと同じものである。刑務所から彼は看守に世界貿易センターへのやがて来る攻撃について提言したのであった。Vreelandは自分はONIの情報員だと主張していた。182 こうしたファイルはソビエト連邦に対する一連の秘密戦争と呼応する3つの取引期間を対象としていた;この取引は債券がソビエト連邦に動いていたことを直接示すものではないが、Bushの Vulcans が当時のアメリカ連邦予算の支出上限と矛盾するやり方で大規模な現金を使い、大規模の資金を主要な資金運用のための秘密口座に‐最も顕著なのはPilgrim Investmentsの「Jorge」Bushという口座に動かしていたというセオリーを裏付けるものである。(JorgeはGeorgeを表すスペイン語である)

 

 

p.27
.1989年8月から9月の最初の取引期間はメキシコとラテンアメリカの債務再清算の時期と一致している。この期間Bushには他の国々の債務担保を数ヶ月間消滅させることで不法な収益として300兆ドルを生み出した責任があったと主張されている。またこの担保を保有していた者は、このめったにない「逆利回り曲線」の期間として知られる8月11日から10月6日の間に利益を上げたという。

 

.1990年の9月24日から10月10日の間の第二の取引期間はソビエトの金の財宝購入のための資金提供、そして共産主義者の資金のソビエト連邦からの移動を示している可能性が高い。Leo Wanta はこの時自分の取り組みを開始したと伝えている。

 

.1991年5月27日‐28日の第三の取引期間は彼のルーブル不安定化プログラムに対する資金提供を示している可能性が高い。

 

Leo Wantaのファイルから発表されたこれらの債券についての文書がこのソビエトでの取引に関して重要な詳細を提供している:

 

 

•これらの債券はロシアとの未特定の「共同事業」に資金提供するために利用された。183

 

偶然にも、1991年9月14日に、最後のFirst Deputyソビエト連邦首相Vladimir Shcherbakovは他の2つの提携者と共にInternational Foundation for Privatization and Private Investment [FPI]を創設した。第二の提携者は決して明らかにされなかった。第三の提携者は今では悪名高いオーストリアの会社Nordex GmbHであった。International Foundation for Privatization and Private Investment [FPI]はBank of New York のマネーロンダリングスキャンダルに関与した主要な組織の一つであり、主要な犯罪の隠れ蓑であった。Interpol はMarc RichをNordexの創設者の一人と見なしていると報じられることになる。Marc RichはWilliam Clinton大統領によって恩赦されることになる。彼の恩赦の理由は公表されなかったが、おそらくソビエト連邦の崩壊を調整した彼のアメリカに対する働きのためであろう。

 

• これらの債券はスイスのKlotenの自由貿易地域にある金庫室に保管されているスイスの金によって裏書きされていた。184

 

Klotenの貯蔵所はZurich空港にあり、ここにMarcosの貯めた金は、盗まれたソビエト国庫の金同様貯蔵されていると伝えられた。

「…追放される前にFerdinand Marcosによって数トンの略奪品が手放された。
数十億相当の富がアメリカの情報組織のエージェントとマフィアによって海外に運ばれた。貯蔵品の多くは動かされず、厳重な警備のZurich空港地下の隠し保管所に埋もっていた。185」

 

• この債券がソビエト連邦の政府高官による貸付承認の条件とされた。186

 

• これらの債券が、部分的に、Lehmanからの不定期間一日当たり少なくとも1億ドルの通貨支払いをもたらした。187

 

• これらの債券が、Deutschebankを通じてロシアに流れた現金をもたらした。188

 

6.Project Hammerに関する証言録取書は、Vreeland、ONI、Wantaによって文書化された情報通りの同じ銀行と資金へと密接に結び付くものと見られる:

 

• General Earl Cockの2000年4月の死ぬ間際の証言録取書はCitibankと John Reedの1991年の最終四半期におけるProject Hammerへの中心的な関与について述べ、2230億ドルが資金提供され、大部分がCIAのマネーであったと記述している。Cockeはまたこれらの資金を担保するための、小額債券の利用にも言及しており、それは10年中期債券であったという。Cockeはこうした資金の源を「口座、参画者つまりプレイヤー」であると説明しており、この口座は管理している関係者の死に際して所有権が銀行に変わり、次に政府へと変わるという。これはアメリカのエージェントによって開設された金口座に起こることであるとSterling Seagrave とPeggy Seagrave が主張していることと正確に一致する;189

 

• 1995年のRoelfo Van Rooyenの証言録取書はProject Hammerを1991年のCIA作戦として記述している。190

 

9つの独自の情報源からの情報と文書は全て同じ話に収斂する。

 

1.Leo Wanta – 口封じのためにでっち上げられた脱税疑惑により投獄された。

p.28

 

2.U.S. Office of Naval Intelligence – 口封じのために911で破壊された。

 

3.Derek Vreeland–口封じのために投獄され、現在は身を隠している。

 

4.Major Colonel Erle Cocke – 共謀者としての臨終の告白をした。

 

5.Andrei Kozlov– ロシア中央銀行のdirectorであったが、口封じのために凶弾に倒れた。

 

6.Claire Sterling – CIAにより選ばれ、雇われた国際的特派員であったが、死去している。

 

7.V.K. Durham – 無視されているが、沈黙させられてはいない。

 

8.Sterling SeagraveとPeggy Seagrave – 著述家で歴史家、Marcosの金に関する本の刊行を阻止するため多くの死の脅迫を受けた。–現在は身を隠している;

 

9.David Guyatt、独立報道家で刊行された本の著者。

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