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2013年9月

2013年9月11日 (水)

ブログのサブタイトルの更新

ブログのサブタイトルに「そしてWTC核解体説」を付け加えました。

2013年9月10日 (火)

Jim Fetzer とDimitri Khalezov の対談 10/10

以下は、 http://www.youtube.com/watch?v=Ru6lhLugDOAの日本語字幕です。

 

 

Jim Fetzer とDimitri Khalezov の対談 10/10

 

D:というのは私は当時バンコクにいて、友人が私に接近して来たイスラエルの情報局員に私を紹介したからです。彼は最終的に私と親しくなりました。彼との会話の間、彼はこの情報を私から得ようとしていました。彼は911以前にソビエトの核情報部がWTCの核解体という考えに関して知っていたのかどうか知ろうとしていました。彼がこの情報を得ようとしていたことはあからさまでした。911以前のことです。

 

J:彼が試みたのは…

 

D:私達は詳細の話はしませんでした。彼はただソビエト側がこの件に関して知っていたのかどうか知ろうとしていたのです。

 

J:では彼は、あなたを招いて、間接的にその件に関する彼の知識を、少なくとも彼のその件に関する彼の考えを確認していたと、真相を得ようとしていたというのですね。

 

D:はい。彼はその件に関して知っていました。

 

J:そうですか。ではあなたはイスラエルの911の攻撃への共謀についてどのようにお考えですか。

 

D:イスラエルはストーリーを作り出したと私は信じています。彼らは航空機に関するストーリーを作り出しました。彼らはテロリストがWTC の上層部に核爆弾を仕掛けたと言われていると主張するその偽りの情報をアメリカの高官に与えたのです。するとアメリカの高官はその核爆弾が大気圏核爆発を引き起こすかも知れないと恐れ、被害を最小限に抑えるために、彼らはタワーを崩壊させることを決定したのです。

 

J:本当ですか。

 

D:はい。これは私がFBIから学んだことです。

 

J:もう一度繰り返してくれませんか。Dimitri。これは本当に全く驚くべきことです。

 

D:OK。

 

J:もう一度言って下さい。

 

D:OK。

 

J:どうぞ。

 

D:911の間にはパニックがありましたので、モサドと、おそらくモサドとフランスのシークレットサービスの間に”合弁企業”のようなものがあったと思うのですが…

 

J:はい。

 

D:彼らはアメリカの同業者にテロリストが航空機に核爆弾を仕掛けており、航空機がタワーに衝突し、核爆弾が上層階に衝突した時、爆発し、大気圏核爆発を引き起こすとの偽りの情報を与えました。するとアメリカの高官は恐れ、彼らは被害を最小限に抑えるために、タワーを崩壊させることを決定しました。

 

J:しかしそれが一時間、いや一時間半の間に起きたに違いないというのですか。

 

D:なぜなら、彼らはミサイルをペンタゴンに発射しましたが、そのミサイルも核弾頭だったからです。そしてペンタゴンで見つかったミサイルは極めて説得力が強かったのです。つまり、本物のミサイルが、本物の核弾頭が国防総省に打ち込まれるのを見ると、何でも信じるということです。ですから、まず初めに彼らはミサイルを発射しました。そして彼らは、このミサイルをツインタワーにも同様な核弾頭が別に二つ存在する証拠として、利用したのです。それは極めて強い説得力を持っていました。

 

J:ではあなたはペンタゴンへはミサイルが発射され、その発射されたミサイルは核弾頭であったと信じているのですね。

 

D:はい。そうです。ペンタゴンでは、核弾頭ミサイルが存在していました。

 

J:爆発したのですか。多くの核が…

 

D:いいえ。違います。なぜなら彼らは起爆装置を取り外していましたから。どうやら彼らはワシントンに伝えることを望まなかったようです。彼らはストーリーを押し付けたいだけのようでした。

 

J:何がその、あなたが論じている論点の情報源なのですか。そのようなミサイルの使用に関して新たに出て来た記事や他の情報源を見つけたのですか。

D:まず第一に、言いましたように、私は タイでVictor Boutの国外引渡し裁判の世界におりましたので、私は裁判の秘密の部分を知っているのです。つまりアメリカ側は秘密裏に彼をテロリストにそのようなミサイルを売ったことで告発していたのです。

 

J:本当ですか。それではまるで彼らは彼一人に全てを背負わせたみたいですね。全くの重荷でしょう。その人物はまるで世界第一級の映画俳優のようですね。

 

D:つまりアメリカ側は実際に、彼らがVictor Boutの国外引渡し裁判を申請した時、裁判を公開部分と秘密の部分に分けたのです。ちょうどTimothy McVeighの裁判のように。Timothy McVeighの裁判に非公開の部分があったのをご存知でしょう。

 

J:オクラホマシティのTimothy McVeighのことですね。どうぞ話を続けて下さい。

 

D:はい。そうです。つまり公式にはTimothy McVeighが告発されたのは…彼の告発理由と起訴状は公開されていますので、ご覧になることが出来るのですが、起訴状にはTimothy McVeighはアメリカ市民に対して大量殺戮兵器を使用したことで告発されていると書かれています。これは確認することが出来ます。しかし問題は、彼の裁判には非公開の部分があったために、私達には法廷で何が議論されたのか分からないということです。Victor Boutの裁判も同様です。つまり公式には彼は運搬可能型対航空機ミサイルを売ったことで手配されていたのですが、秘密裏には彼はペンタゴンに衝突したミサイルを売ったことで手配されていたのです。これが一つ目。そして二つ目が、Osama Bin Ladinに小型核爆弾を売ったことで告発されていました。

 

J:公正のために言いますが、全ての証拠がTimothy McVeighにオクラホマシティの連邦ビルで実際に起きたことの責任はなかったことを示しています。全ての証拠がVictor に複数の小型核爆弾をOsama Bin Ladinに売った責任はなかった、さらにミサイルを売った責任はなかったことを示していることが明白だということですね。

 

D:全くその通りです。全くその通りです。

 

J:Dimitri。このショーに出演し率直な話を聞かせてくれたことには感謝し尽くせません。今日の対話には計り知れないほど興味が尽きないと思います。

 

D:ところで、Victor Boutに関してですが、私のインタヴューがインターネット上で入手可能ですので、お読みいただけます。

 

J:OK。どこで読むことが出来るのか教えて下さい。Dimitri。

 

D:はい。少々お待ちを。お教えします。

 

J:はい。ではDimitriのホームページを繰り返します。911-truth.net 。911-truth.net です。ぜひチェックして下さい。彼は彼のVictor Boutへのインタヴューを探しています。私達はこれもインターネット上で見つけることが出来ます。ですからこの件を私達は追求することが出来ます。

 

D:今そのリンクをあなたにお送りしました。ですからそのインタヴューを見つけることが出来ます。

 

J:はい。OK。911-truth.net/Victor_Boutですね。では、Dimitri。このショーに出演し率直な話を聞かせてくれたことには感謝し尽くせません。今日の対話は今まで私がしたなかで最も魅惑的な対話の一つになりました。あなたが正しいにせよ、間違っているにせよ、あなたは代替説明の可能性に関する認識を間違いなく拡げてくれたのです。そのことには感謝し尽せません。

 

D:こちらこそ感謝します。

 

J:司会進行役のJim Fetzer です。ゲストのDimitri Khalezovに、今日話してくれたこと全てに感謝します。また聞いて下さった皆さんにも感謝します。

 

Jim Fetzer とDimitri Khalezov の対談 9/10

以下は、http://www.youtube.com/watch?v=6Sk1NZzNNJoの日本語字幕です。

 

 

Jim Fetzer とDimitri Khalezov の対談 9/10

 

J:はい。タイトルは”Workers rush to repair the huge hole in WTC bathtub”ですね。

 

D:はい。そうです。

 

J:90フィートの幅の穴が地下水を保ち続けていると。

 

D:はい。

 

J:小さな穴から漏れ出していると。

 

D:90フィートの穴は大きい穴でしょう。

 

J:はい。

 

D:それは核爆発で生じた空洞の大きさにちょうど匹敵するでしょう。

 

J:技師は、壁が壊れて穴が水浸しになる差し迫った危険はないと言う。これはとても奇妙に思えますよ。水の性質を考慮すると、つまり、水は流れるのですから、この90フィートの幅の穴には水が流れ込むでしょう。私にはどうしてこの話が事実であり得るのか想像が出来ません。一方では90フィート幅の穴が開き、漏れることになるのに、水が流れ込んで水浸しにならないなんて。これはとても奇妙ですよ。この記事の一部は全く仕組まれたものではないのかと私は思ってしまいます。Dimitri。これは私にはかなり信じがたく思えますよ。

 

D:私には分かりません。というのは、私はこの記事をインターネットで偶然見つけたからです。ですから私には分かりません。

 

J:それから、この記事にはビデオが添付されていますね。まだ私は再生してはいませんので、すぐ見たいと思いますが。とにかくこの記事を見つけるとビデオも付いているのです。興味を持った人がいれば、グーグル検索してみることを提案します。タイトルは、”Workers rush to repair the huge hole in WTC "bathtub"”です。 "bathtub"には引用符が付いていますが、見つけるのに引用符を付ける必要はないと思います。この記事の日付は2002年3月21日です。ここでも私にはその信憑性に対して異論があるように思われます。なぜなら、911の数ヵ月後に穴があったと言うのであれば、全ての場所が大規模に水浸しになっていたはずだからです。この件について私はとても懐疑的です。Dimitri。あなたがこの記事を持ち出してくれたことに興味を掻き立てられています。あなたがこの記事を持ち出してくれたこと、それから言われているOsama Bin Ladinのウクライナでのスーツケース核爆弾の購入の話をしてくれたことにとても私は興味を掻き立てられています。全く興味を掻き立てられる話です。また私にはこれはCIAの行動と一致しているように思えます。彼らは至る所に代替説明を仕組んでいるのです。なぜなら偽情報工作の目的は、何か特定のストーリーを信じ込ませるのではなく、全てを混乱させ、多くの代替説明を作り出し、全てが信じられるようにし、何も知ることが出来ないようにすることだからです。ですから、あなたが提示していることは本当に極めて興味深いことなのです。私は全くその話に興味を掻き立てられています。あなたをこのショーの私のゲストとしてお招き出来たことを深く感謝します。

 

D:どういたしまして。

 

J:実に、全く素晴らしい。

 

D:ところで、第二の真実について詳細をもう一つ、私は付け加えることが出来るのですが。

 

J:はい。

 

D:ご記憶されているように、いわゆる死の商人と呼ばれる、Victor Bout の有名な裁判がありました。彼は最近タイからアメリカに身柄を引き渡されました。

 

J:OK。

 

D:この件についてはお聞きになったことがおありではないでしょうか。

 

J:ラストネームはどのように綴るのですか。

 

D:Victor Bout。B・o・u・t です。

 

J:B・o・u・t ですね。話を続けて下さい。

 

D:彼の身柄引き渡しはタイで起こり、私もまたタイに住んでいましたので、私は彼の裁判について実際によく知っているのです。というのは私が彼を法廷に連れ出そうとしたのですから。

 

J:OK。

 

D:そのために私は彼の裁判の詳細を少々知っているのです。つまり彼のタイからの身柄引き渡しを求めたアメリカ側にもまた、二重の層のストーリーがあるようなのです。公式には彼らは、運搬可能型対航空機ミサイルをコロンビアの共産党”FARC”に売ったと言われる容疑で彼を手配していました。OK。しかしもう一つのストーリーがあって、これは裁判の秘密の部分のようなものなのですが、彼らは核テロリズムの容疑で彼を手配していたのです。そのうちの一つが彼がウクライナでOsama Bin Ladinに三つの小型核爆弾を売ったというものでした。これがEL MUNDOの記事で言及されていることです。

 

J:最後の部分をもう一度話していただけますか。何に関して…彼はEL MUNDOの記事中のストーリーの情報源だったのですか。

 

D:いいえ。違います。EL MUNDOの記事は、2001年9月16日のもので、ニューヨークの三つのビルを解体するために三つの小型核爆弾がOsama Bin Ladinによって使用されたと言われていることを述べていました。

 

J:そうですね。その通りですね。

 

D:複数の小型核爆弾ではなく、三つの小型核爆弾です。これがこの記事が述べていることです。

 

J:分かりました。三つの小型核爆弾ですね。

 

D:はい。そうです。この同じ記事はOsama Bin Ladinがこの三つの小型核爆弾をウクライナで購入したと言われていると主張しています。

 

J:はい。

 

D:OK。そして最近のVictor Bout の身柄引き渡しの裁判もまた、この件と関係があったようなのです。なぜならこの裁判の様々な資料から、Victor Bout もまたこの三つの小型核爆弾をOsama Bin Ladinに、特にウクライナで売ったために告発されているように見えるのです。

 

J:彼がOsama に多くの核爆弾を売った人物であると言われていると。

 

D:はい。そうです。

 

J:そして彼は現在、身柄の引き渡しをされていると。

 

D:彼は既に身柄引き渡しの裁判を終え、現在ではニューヨークの刑務所にいます。彼は既にアメリカにいるのです。彼は現在アメリカで裁判を控えています。

 

J:では、あなたはこれは「身代わり」であると考えるのですか。政府が主張するOsamaが多くの核爆弾を購入したことに対する、制裁であると。

 

D:実際の所彼らはVictor をこの件で告発しただけでなく、多くの件で告発しました。それには小型核爆弾の件も含まれますし、またペンタゴンに衝突したミサイルの件も含まれます。彼らは彼がそのミサイルを売った人物であるとして告発したのでした。彼は、一つだけでなく、多くの告発を受けていたと、私は考えます。

 

J:彼にそのようなことを一つでもなすことが可能であったのでしょうか。

 

D:いいえ。違います。いいえ。違います。彼は全く無実の人間です。

 

J:とても興味深いですね。とても興味深いですね。するとアメリカ政府によるもう一つの偽情報策略ということですね。囚人を正当な理由なく、拷問にかけ偽りの告白を引き出し、でたらめなテロに対する戦争を正当化したのと同様な。

 

D:はい。

 

J:これは全く恥知らずなことです。つまり、アメリカ政府がこのようなことをするなんて、不愉快極まりないことですよ。Dimitri。全く幻滅を感じませんか。全世界がアメリカを、国際法や国連憲章を侵犯した、戦争の正当化のためのこのような不快な嘘を前提として、見るのですよ。

 

D:言うのは困難です。なぜなら、もし私がアメリカ人であれば、私の政府が…不愉快であるか否か言うことが出来るのですが、私はロシア人ですので…

 

J:はい。

 

D:アメリカ政府は私の政府ではないからです。

 

J:はい。そうですね。

 

D:ですから言うことは困難なのです。

 

J:では私があなたに言いましょう。これは不愉快極まりないことです。ワッハッハッ。私の政府ですからね。これは不愉快極まりないことで、つまり、幻滅してしまいます。この国は、中東の同盟国と共に、主要なテロリスト国家になってしまったのでしょうか。残念でなりません。

 

D:しかし私は…

 

J:どうぞ話を続けて下さい。

 

D:しかし私に言えることは、私の意見ですが、アメリカ政府は無実であると私は言いません。もちろん無実ではありません。しかしアメリカ政府の一部の人々は単にだまされやすいだけであり、彼らは核爆発や大量殺戮兵器に関してよく知らないのだと私は考えます。そしてアメリカ政府の一部高官のだまされやすさは操られているのです。私はそう考えます。

 

J:はい。そうですか。はい。そうですか。では私達がしばらく扱っていた論点に戻ります。あなたはバスタブはダメージを受けていたと実際に信じているのですね。ですがしかし、私が主張したいのは、バスタブがダメージを受けていたとしても、それはハドソン川の水が流れ込むような形でのダメージではなかったということです。また私はそれでは核爆発により放出される莫大なエネルギーと一致しないと思います。核爆発のエネルギーはバスタブを粉々に砕き、マンハッタン南端部や地下鉄のトンネルを完全に水浸しにしていたに違いないと、私には思えます。

 

D:そうですね。しかし地下鉄トンネルもまた水浸しになっていましたよ。というのは、地下鉄システムが水浸しになったと述べる別の記事があるからです。私はこの記事もまた読みました。

 

J:本当ですか。

 

D:はい。そうです。

 

J:そうですか。ではその記事のリンクも送ってくれますか。

 

D:見つけましょう。

 

J:見つけたら教えて下さい。ではここで、あなたが今から話そうとしている、あなたの話の特色を2、3述べさせて下さい。私達はまだこの件については話していませんでしたので。まず初めに、あなたは1980年代後半にソビエトのspecial control serviceの将校であった時に、WTCに組み込まれた核解体計画について学んだのですね。このプログラムの間あなたは、一般的な地下核爆発の基本的物理的特性についてのあなたの理解に基付いて、構造鉄筋の粉末化という現象の説明を試みました。私達は三つのビル全てに関して話しました。これにはもちろん、かなりラジカルな点があります。がしかし、それにも関わらず、あなたは極めて明白に、この件に関するあなたの見解をはっきりと述べてくれました。加えて、あなたは、イスラエル情報局員からアプローチを受けたということですが。

 

D:はい。

 

J:その職員は、???(訳者注:この人名部分の聴き取りは自信がありません。Michael Rolly あたりでしょうか)という名前で、モサドだったと。それは911以前のことで、911での核解体利用の可能性に関して疑問をもっていたと。FBI はあなた方両人の身柄をアメリカに引き渡そうとしていたということですが。

 

D:はい。

 

J:その件について話して下さい。その件について話して下さい。

 

 

Jim Fetzer とDimitri Khalezov の対談 8/10

以下は、http://www.youtube.com/watch?v=XGguz28-b3Qの日本語字幕です。

 

 

Jim Fetzer とDimitri Khalezov の対談 8/10

 

J:はい。しかし大衆の心理に印象を、影響を生じさせるために、彼らは航空機による衝突をお膳立てし、大きな火の玉を発生させました。そしてジェット燃料の話をすることで、実際にはケロシンに過ぎなかったにも関わらず、それがビルの破壊をもたらすのに充分力強い原因であったという心理的な印象を形成しました。全ては、物理学や工学の観点からは全くナンセンスなのですが、功を奏したのです。

 

D:そうですね。

 

J:Dimitri。では私達が最後の休憩を取るのに最適な時間となりました。Real Deal の司会進行役のJim Fetzerです。本日の特別ゲストに、Dimitri Khalezovをお招きしてます。私達はWTCの第7ビルとツインタワーの破壊に関して話していたところです。すぐに戻ります。

 

Real Deal のJim Fetzerです。ソビエト軍の、核爆弾や核爆発の監視に関する特別部門の将校であったDimitri Khalezovとの対話の最終部分になりました。彼は大変興味を掻き立てられる解釈を私達に教えてくれています。ちなみに、私自身はセオリーを、提起された他の説明に対する代替説明として理解しています。これには、NISTによるものも含まれますが、もちろんこれはどうしようもなく不適切です。また同様に、どのようにしてこれがなされたのかに関して異なる観点を持つ他の人たちによるものも含まれます。そして私達はこれらのビルの大部分の下の岩盤深くに埋め込まれていた核爆弾が関与した破壊メカニズムの使用に関して話をしています。これは本当にとても興味深いことなのですが、Dimitri、あなたが述べているような類のセオリーや説明に対する私にとって最も困難な障壁は、ツインタワーはバスタブとして知られる防壁の上に建てられていたということです。このバスタブはマンハッタン南端部地下にハドソン川の水が流れ込むことを防ぐための構築物でした。ですからもしバスタブが破損していたのであれば、マンハッタン南端部は水浸しになり、大量の水が、この世界最大級の価値のある不動産、地下の地下鉄、PATH trainのトンネルに流れ出していたことになるのですが、そのようなことは起きませんでした。

 

D:そうですか。実際はそうではありませんよ。私は多くの記事、その当時の記事を読んだことがあります。いくつかの記事では精確に核爆発の地点に隣接する箇所のバスタブ壁のダメージについて述べています。記事は、バスタブの穴の大きさは30メートルほど、たしか30メートルかそれくらいであったと述べています。これは核爆発によると想定されるものにちょうど匹敵すると私は考えます。ですからバスタブは実際にダメージを受けており、修理されていたのです。

 

J:それは本当に興味深いですね。しかし川の水がマンハッタン南端部地下に流れ込むようにはダメージはなかったのですね。

 

D:いいえ。水は流れ込みました。水は流れ込みました。間違いなく。というのはダメージはあったのですが、彼らは極めて迅速に修理したからです。そして彼らは水をポンプでくみ出しました。ですから間違いなくダメージはあったのです。私はあなたに記事をお送り出来ますよ。

 

J:ぜひそうして下さい。ぜひそうして下さい。なぜならこれは何が起きたのかに関して私が信じていることのとても大きな修正になるかも知れないからです。というのは私はかなりの間、バスタブはダメージを受けておらず、ハドソン川は流れ込んでいなかったと確信していたからです。なぜならもしハドソン川が地下鉄、PATH trainのトンネルに流れ込んでいたのであれば、大規模な清掃作業が行われていたに違いないからです。ですが、水は実際に流れ込んでいたとあなたは信じているのですね。

 

D:はい。その記事をあなたにお見せしますよ。少々お待ち下さい。持っていたのを探していますので。少々お待ち下さい。

 

J:いいですよ。いいですよ。

 

D:その記事をあなたに差し上げますよ。なぜなら私はその記事を私の本でも使用したからです。私の本を探してみます。

 

J:あなたの本について教えて下さい。

 

D:私は本を書きました。そこで私はWTCの解体のメカニズムと解体の理由についての説明に努めました。そして私はこの本の11の章をフリーの入手可能な形でインターネット上に発表しました。

 

J:どこでそれを見つけることが出来るのか教えて下さい。

 

D:私のホームページで見つけることが出来ますよ。www.911-truth.netです。

 

J:911 ダッシュ、ハイフンのことですか。

 

D:はい。ハイフンです。

 

J:www.911-truth.netですね。

 

D:はい。そこで見つけることが出来ます。

 

J:911-truth.net分かりやすいですね。そこであなたは11の章をフリーで入手可能にしてくれているのですね。

 

D:はい。

 

J:素晴らしい。素晴らしい。その本のタイトルは何というのですか。

 

D:私の本のタイトルはThe Third Truth About 9/11 です。

 

J:The Third Truth ですか、それとも Third Alternative ですか。

 

D:いいえ。Third Truth です。

 

J:The Third Truth ですね。

 

D:はい。

 

J:なぜあなたはそのタイトル、”The Third Truth”を使用したのですか。

 

D:なぜならアメリカ政府は二つのレベルの真実を利用していると私は信じるからです。一つは一般大衆向けのもので、911委員会報告という形をしています。

 

J:はい。

 

D:そして二つ目の真実では彼らはもう一つのヴァージョンを利用しています。彼らはツインタワーはOsama Bin Ladinの所有する小型核兵器で解体されたと言われていると主張しています。

 

J:本当ですか。私は今までそのようなセオリーは聞いたことがありません。それは興味を掻き立てられる話ですね。Dimitri。

 

D:つまり要点は、アメリカの中級ランクに位置する安全保障の役人や中級ランクや上級ランクに位置する上院議員や下院議員のような政治家は一般大衆向けの真実を鵜呑みにはしないということです。ですから彼にらはもっともらしい何かが必要なのです。最も重要なことはWTC の解体場所はグラウンド・ゼロと呼ばれていることです。

 

J:はい。

 

D:そしてグラウンド・ゼロの標準的な唯一の正確な定義は核爆発の場所というものです。

 

J:はい。

 

D:これ以外の意味はありません。

 

J:はい。

 

D:そのため911の後に、彼らは辞書を再出版して第二の意味を記述しました。しかし911の前には、唯一の意味しかありませんでした。核爆発の場所という意味です。

 

J:はい。

 

D:ですからグランド・ゼロとはパンケーキ崩壊の場所やそのような何かの場所とは主張出来ないのです。

 

J:はい。

 

D:なぜならグランド・ゼロとは核爆発の場所なのですから、ストーリーを生み出したアメリカ人は、一般大衆を満足させるだけでなく、中級や上級ランクに位置する政治家や役人をもまた満足させなければならなかったために、彼ら向けに他のヴァージョンの真実を提供しなければなりませんでした。

 

J:そうですね。私自身で第三の真実について考えてみますと、第一の真実は、そう、911委員会報告がそれに当たるわけですね。そして第二の真実は、NISTが似非科学的正当化を試みて、警報を鳴らしていることに当たり、そして第三の真実が、何が実際に起きたのかの現実に当たると。

 

D:はい。

 

J:当然のことながら、これがあなたがまとめた論点ですね。

 

D:はい。

 

J:Osama Bin Ladinがツインタワーに設置された多くの核兵器に責任があった可能性があるというセオリーを私は今まで全く間違いなく聞いたことがありませんでした。Dimitri。聞いた所それは全くあり得ない話に聞こえます。そのようなことを信じようとする人を私は信じることが出来ないのですが。

 

D:OK。OK。一つの例をお教えしましょう。そこで私が言うことの確認を見つけることが出来ます。EL MUNDO というスペイン語の新聞があります。

 

J:はい。

 

D:それはスペイン語で書かれていますが、理解は簡単です。2001年9月16日のEL MUNDO の記事は主張しています。その記事のタイトルは、核…でなく、”Apocalypse in NY”です。

 

J:”Apocalypse in NY”ですね。

 

D:はい。そうです。その記事は三つのスーツケース核兵器と言われるものを扱っています。さらにその正確な名称にまで言及しています。RA115です。これをOsama Bin Ladinがウクライナで購入したと言われています。そしてこの記事では明らかに、というのはこの記事は2001年9月16日に発表されたのですから、明らかにこの三つの核兵器がニューヨークの三つのビルを解体するために使用されたことをほのめかしています。

 

J:それは本当に全く注目に値することですね。今まで聞いたことがない話です。興味を掻き立てられる話です。

 

D:このEL MUNDO の記事を2001年9月16日のEL MUNDO 紙で見つけることが出来ますよ。

 

J:はい。そうですね。

 

D:OK。バスタブのダメージに関しても、私は記事を見つけました。

 

J:OK。

 

D:それは…えぇっと…OK。そのリンクをお教えします。

 

J:OK。

 

D:少々お待ち下さい。それをテキストメッセージであなたにお送りしても構いませんか。

 

J:構いません。それでいいですよ。どうぞ、テキストメッセージでお送り下さい。その間お話しましょう。

 

D:OK。今お送りしました。

 

J:そうですか。OK。

 

D:この記事はバスタブのダメージを90フィート幅の穴と述べています。

 

 

 

 

 

 

Jim Fetzer とDimitri Khalezov の対談 7/10

以下は、http://www.youtube.com/watch?v=kSb4T6AwXZoの日本語字幕です。

 

 

Jim Fetzer とDimitri Khalezov の対談 7/10

 

J:つまり大まかに言って、あなたが提起しているのは、最初の300メートルは実際に瞬間的に破壊されていたということですね。そして外側の支柱は存在しているように見えたのですが、それは錯覚であり、実際には鉄筋構築は上方に広がっていった衝撃波 によって基本的に完全に破壊されていたのであり、明らかになったのは頂上部が上から下に向かって破壊されていった姿であったと。大まかにこれで正しいですか。

 

D:はい。そうです。地下核実験の際に、石を一つ、粉々になったゾーンから岩を一つ取り出すと、同じことが分かります。指先で注意深くそれを取り出すと、石が依然として同じであることが分かります。石は形も色も保っています。しかし指先でその石を押してみると、それは粉々の粉塵になります。つまり核爆発により残された粉々になったゾーン内の物質はしばらくは形と色までも保つということです。しかしそれはわずかな力学的力のもとで粉塵へと分解するのです。

 

J:とても興味深いですね。ではサウスタワーとノースタワーの間の驚くべき非対称性がある話に入ります。それはこういうことです。もちろん私達は言う所の航空機の衝突を知っています。ところでそれらが実際に航空機であったのかそれとも航空機以外の何かであったのかに関して、ご意見がありますか。

 

D:そうですね。もう一度繰り返しますが、私はこのように言うことが出来ます。目撃者として、私は自分が確実に知ってることを証言することが出来るだけなのです。私が確実に知っていることとは、80年代後期にソビエトのspecial control service に勤めていた際、私はツインタワーの核解体計画の存在を知るにいたったということです。これが私が確実に知っていることです。私は自分がこのことを知っていることを神に誓うことが出来ます。しかしそれ以外はただ推測するだけです。

 

J:そうですか。

 

D:私は航空機に関する私のささやかな意見を明らかにすることは出来ます。それは…

 

J:はい。

 

D:それは…

 

J:聞こえませんが。Dimitri。どうしましたか。聞こえますか。

D:はい。聞こえます。

 

J:あなたは航空機に関するご自身のささやかな意見を明らかにしようとしていたのですよね。どうぞその話を続けて下さい。

 

D:OK。私の意見は、タワーはとても…で作られていたので、多くの人々は、つまり…あれが成し遂げられるには、タワーがまるでガラスで作られていたようでした。というのは航空機がタワーに衝突した時、まるでタワーがガラスで作られていたように、航空機がタワー内部に難なく消失していったからです。しかし現実には、それは事実ではありません。航空機はツインタワーの鉄筋外辺に衝突したのですから。この鉄筋外辺は59本の四角形のチューブ、中空のチューブ、つまり四角形の支柱で、これが59本、それぞれの面に外辺として組み込まれていたのです。この鉄筋の壁…支柱の厚さは戦車の前面装甲と比較出来るほどでした。ですから私の考えでは、アルミニウムの航空機がこのような鉄筋を貫通することは不可能です。

 

J:そうですね。

 

D:ですからそのために私は航空機はデジタルで、ビデオ上にしか存在せず、タワー外辺の実際の穴は航空機によって作られたのではなく、あらかじめ穴の形に仕掛けられていた解体爆破物によって作られたのだと信じています。

 

J:とても興味深いですね。私達の多くもあなたが大まかに述べたことが正しいことに同意すると私は考えます。というのは航空機のサウスタワーへの侵入は物理学の観点からあり得ないことだからです。つまり、航空機は大部分がつぶれて、ばらばらになるはずだからです。おそらくエンジンはビル内に入り込むかも知れませんが、尾部は壊れて、主翼や、人体や、座席や、荷物は地面に落ちていったはずですが、そのようなことは何も起きませんでした。これは私達が幻影か何か、ある種の捏造ビデオを見ていたことを示しています。あなたは今までにホログラムの使用の可能性について考えたことはありますか。

 

D:私には分かりません。なぜなら私は当時ニューヨークにはいなかったからです。私はタイにいました。私はテレビで見ることが出来ただけです。しかし私の考えでは、あれは単にビデオのコンピューター改ざんであったと考えます。

 

J:そうですね。

 

D:ホログラムは必要ではないと私は考えます。航空機のデジタル画像を利用出来るのです。そのようなことを可能にするビデオ編集プログラムが存在するのですから、それほど困難なことではありません。

 

J:とても興味深いですね。では非対称性の話です。私が話そうとしていたことはこういうことです。言うまでもなく、航空機は、航空機と言われているものは、ノースタワーの94階に衝突しました。もちろんそれが起きる前に、もう一つの航空機と言われるものがサウスタワーの80階付近に衝突しました。そして言うまでもなく初めにノースタワーで火災が発生しました。火災はサウスタワーでは、私達がサウスタワーの一連の破壊を見る前に、わずかにおよそ1時間燃えただけでした。しかしサウスタワーの破壊の開始に関して最も興味深いことは、頂上部の30階部分が傾き、沈み始め、下の80階部分から分離したことです。あなたはこの現象を観察したことがありますか。

 

D:はい。あります。もちろんです。

 

J:この件についてお話下さい。

 

D:OK。そうですね。実際に誰でもサウスタワーが崩壊し始める前に、間違った方向に傾いたことが分かります。つまり論理的には、そうなるには、もし鉄筋が弱まったためにタワーが崩壊したというのが本当であるのなら、タワーの頂上部は航空機によって作られた穴の方向に向かって傾かねばならないということですね。

 

J:はい。しかし現実には、反対側に傾きました。とても不思議です。

 

D:私の考えでは、なぜこうしたことが起きたのかはこういうことです。ご説明したように、地下の核爆発の圧力波がタワーの本体を伝って上方に広がって行き、圧力波が航空機によって作られた穴に似せた、爆発物によって作られた穴に遭遇したからです。いいですか。

 

J:はい。

 

D:圧力波の広がりは、このようにして作られた溝のために、この地点で止まりました。

 

J:はい。そうなりますね。はい。

 

D:しかし反対側の面では、圧力波は阻害されることなく、続きました。ですからこうして、航空機、いわゆる航空機によって作られた穴があった壁面では、圧力波は反対側の壁面よりも比較的少ないダメージを生じさせることになったのです。私が説明を試みていることがご理解いただけますか。そのため、タワーは均等に粉々にならなかったのです。穴があった側は、穴までが粉々になっただけでした。しかし反対側は、その高さよりも高い所まで粉々になりました。そのためにタワーの頂上部は間違った側に傾いたのです。このように私には見えます。

 

J:そうですか。これはとても不思議な現象です。私にはなぜあのような傾きが発生しなければならなかったのか全く分からないのですが、初め傾きはわずか10度か12度程で、30階程の頂上部より下のビルの残りの部分全てが破壊され始めて、直立したままであるのに、実際には落下したようなのです。もちろん間違いなくその部分は傾いて、30階分のかたまりとして下の通りに崩れ落ちたのではないのです。これがいったん傾き始めた結果として想定されることなのですが。これはとても奇妙なことです。あなたも同意しますか。

 

D:はい。私も同意します。とても不思議です。そして他にも不思議なことがあります。多くの人が気付いていることですが、ツインタワーは間違った順番で崩壊したのです。

 

J:はい。

 

D:というのはツインタワーの崩壊の順番が航空機が衝突した順番とは一致しないからです。

 

J:その通りです。そのため…

 

D:これはいわゆる航空機やいわゆる航空機が原因の火災がタワーの崩壊とは関係がなかったことを示す証拠です。

 

J:はい。その通りです。つまりまずノースタワーに航空機が衝突し、次にサウスタワーに航空機が衝突したのです。もちろん私は、通常航空機として受け取られているタワーに衝突したものの話をしていることを理解した上で、この言い方を使っています。サウスタワーでの火災は、何かの被害をもたらすほど充分に熱くもなく、長くも続きませんでした。なぜなら火災は標準的な華氏500度の温度であったからです。しかしサウスタワーの解体が起きます。そして二番目にノースタワーが崩壊しました。鉄筋に被害をもたらすほど充分な長さでも、熱さでもなかった同様な火災が約30分長く続いた後のことです。ですからこれは、あなたが示唆したように、航空機や火災は何も関係がなかったことを示すとてつもなく大きな点です。あれらはビルの破壊に関する全くのトリックであり、舞台装置であり、小道具であったのです。

 

D:はい。ここで私達はこの論理を続けて発展させることが出来ます。航空機とタワーの崩壊に関係がなかったことを証明出来るのであれば、そこから私達は航空機は実際には必要ではなかったという結論を導くことが出来るのです。

Jim Fetzer とDimitri Khalezov の対談 6/10

以下は、 http://www.youtube.com/watch?v=S_Jb5PYUkyIの日本語字幕です。

 

 

Jim Fetzer とDimitri Khalezov の対談 6/10

 

D:OK。ですからその空洞は気化した岩の消失の結果であるということをご理解下さい。それから空洞内部の気化したガスの圧力は全方向に向かって圧力により空洞を拡張しようとするのです。

 

J:OK。

 

D:そして最終的に空洞は、花崗岩中で150キロトンの核爆弾を爆発させたため、直径およそ100メートルの大きさに達するのです。

 

J:OK。ビルは208…

 

D:はい。私があなたに説明しようとしているのは、空洞が、直近のエリアは粉々になったゾーン、次のエリアはダメージを受けたゾーンと呼ばれる、岩の二つのエリアに取り囲まれているために、空洞が拡張すると、粉々になったゾーンとダメージを受けたゾーンもまた拡張しようとすることです。そしてそれらがタワーの基部に接触すると、それらはタワーの本体にそって上方に拡張しようとすることです。

 

J:では、ビルは一辺208フィートの正方形であったのですが、あなたが話している空洞は実際にはさしわたしの直径が208フィート以上あったということですね。そのような空洞の話をしているのですね。

 

D:ですが、問題点があります。それは理想的な事例では空洞は円形になるはずなのですが、何事も現実には理想的ではありませんので、核爆弾がタワーの基部の近くに、地表近くに設置されると、空洞の形は理想的な円形にはならず、楕円形になってしまうということです。

 

J:OK。

 

D:上方の面に向かって鋭さを増す、卵のような形になります。

 

J:そうですか。

 

D:なぜなら物質により異なる抵抗のせいです。全ては通常抵抗が最も低い方向に向かうことをご存知でしょう。
J:はい。そうですね。

 

D:他の方向に向かうと強固な花崗岩があるので、地表とタワーに向かう方が、他の方向に向かうよりも物質の抵抗が低いということです。タワーに向かうと、物質の抵抗という意味でですが、抵抗は低いのです。こうして全ては抵抗が最低の方向に向かいます。そのため空洞の形は水平方向の半径は縮小し、垂直方向の半径は拡張することになり、もはや円形ではなく、卵のような形になるのです。こうして鋭い上方の縁はタワー本体にまで拡張することになります。これが見取り図です。ですから粉々になったゾーンは、地表からタワー本体まで300メートルの大きさを形成することが可能になりました。そしてダメージを受けたゾーンはおそらく350メートルです。そして残った50メートルはタワーの頂上部分です。そこは核爆発からかなり離れていたために、ダメージを受けずに残りました。これは粉々になったゾーンも、ダメージを受けたゾーンも、そこに到達出来なかったということを意味します。このためにタワーは最終的に次のような状態になりました。初めの300メートル部分は超微細な粉末になり、次の50メートル部分はダメージを受け残骸のような細かな断片へと化し、最後の50メートルがダメージを受けない、重く、完全な形になりました。そのため重い頂上部分が、重力の作用のもとで、落下し、地表に到達するまでに粉塵と残骸を撒き散らすことになったのです。これが私達がテレビで見ることが出来たことです。

 

J:そうですか。私が注目しているのは、しばしば崩壊と呼ばれる、しかし明らかに崩壊ではない現象です。そこでは上から下に向かって階ごとに爆発していくことになるのです。私にはこれが何なのか全く理解出来ませんので、私はあなたのお話を聞くことに非常に興味を持っています。

 

D:そうですか。私の考えでは、私はこの件について多くを知っているわけではありませんが、WTCの下の核爆弾の実在に関しては知っています。そうです。このことは私が確証出来ることであり、私がそのことを知っていることは神に誓ってもいいことです。しかしメカニズムの説明となると、私は推測を試みているだけです。私が間違っている可能性もあります。私の考えでは、落下する際に、タワーの側面から粉塵が噴出したような爆発に見えた現象は、実際には爆発ではなかったと私は考えます。単にメカニカルなプロセス、空気のポケットが上方からの圧力で押しつぶされたというようなことではなかったと考えます。

 

J:一部の映像では発生した粉塵が濃密になる前に、赤や赤に近いオレンジ色の爆発が一部の階で起きているのを実際に目にすることが出来ます。ビルが粉塵に包まれる前に、何か印象的なことが起きていたのです。それは一つの階で、あるいは一度に、よく分かりませんが、三つか四つのまとまった階で起きていたように見えます。そしてビルは上から下にとても秩序だった動きで破壊されたのです。私の推定では、Dimitri、もし核が関与していた場合、多くの核がビルの全体に隠されていたのではないかという話も私達はしているのですが、あなたは大規模な爆発が地下よりもさらに下であったと言うのですね。そうすると問題が発生します。あなたは地下よりも下で爆発があったと言うのですが、どうすればこの地下の大規模な爆発に、地表から400メートル離れたビルの頂上部から、ビルを上から下に向かって吹き飛ばすという事実を引き起こすことが可能であったのかという問題です。

 

D:そうですね。一つずつ見ていましょう。まず最初に、私もこの、小型核兵器がWTCにタワー本体に設置されていたという考えを聞いたことがあるのですが、私はその話を信じません。なぜだかご説明しましょう。まず最初に、全ての核爆発は電子磁場パルスを発生させます。これは誰でも知っていると思います。

 

J:はい。

 

D:もし核爆弾を地表面より上で爆発させると、人々に気付かれてしまいます。まず最初に、全ての電子回路を電子磁場パルスによって燃焼させます。そして通信を全て阻害します。ビデオカメラも、写真カメラも、電動時計も、全てだめになります。

 

J:コンピューター部品で制御されているもの全てですね。いや、電子的に作動する装置は全て含めていいでしょう。そう言えると思います。

 

D:そうです。電子磁場パルスは付近のもの全てを破壊するのです。

 

J:はい。そうですね。

 

D:OK。しかし問題は、現実には私達はタワーの崩壊の際にいかなる電子的に作動する装置の破壊も見なかったことです。これが電子磁場パルスが存在しなかった証拠です。

 

J:一方では消防士や警察官の通信が途絶えたという訴えがありますが。携帯電話やその他の通信装置が使用出来なかったというのです。

 

D:しかし携帯電話に関しては別の話です。というのは携帯電話は通信中継装置をタワーに持っていたからです。ですからタワーが崩壊した時、通信が阻害されたのは、他の多くの理由によるものです。電子磁場パルスのせいではありません。

 

J:ああ、そうですか。それはいい所をついていますね。

 

D:はい。しかし電子磁場パルスがあったのであれば、…(聞き取り不可能)…、全てを破壊します。

 

J:はい。

 

D:ビデオカメラも含めて。

 

J:それが爆発の光線を深い所で岩で取り囲んだ理由の一つであったとあなたは言うのですね。

 

D:はい。そうです。そして核爆発が地下深くで発生した場合には、電子磁場パルスには気付きません。なぜなら岩に吸収されるからです。

 

J:その通りですね。

 

D:ですから、そのために…

 

J:しかし、その場合、ビルが上から下に向かって爆発することを多くの点で説明可能なのでしょうか。

 

D:はい。私の考えでは、ビルは爆発していたのではありません。ビルは、粉々になったゾーンによって、核爆発の圧力波によって単に粉末化していたのです。なぜなら地下での核爆発は圧力波を引き起こすからです。つまり空洞内部の気化したガスは空洞を拡張させようとするということです。それらは最初に"ブレーキングポイント"を生じさせます。そしてその"ブレーキングポイント"で、圧力波が生み出されます。この圧力波はタワー本体を媒介として頂上まで伝達されます。ですからこの圧力波がタワーの粉末化の責任があることになります。それは約300メートルから350メートルまでで、完全に粉末化したのではありませんでした。なぜならパワーに限界があるからです。

 

J:そうですね。あなたは初めの300メートルはダメージを受けることになり、次の50メートルは少ないダメージで、最後の50メートルはダメージがないと要約しているのでね。大まかに言うと、こういうことですね。

 

D:はい。

 

J:ということは初めの300メートルが最初に消滅したということですか。

 

D:問題点は圧力波の速度がとても速いということです。詳しくは分かりませんが、おそらく秒速400キロメートルほどで移動すると思います。そのためタワーはほとんど瞬間的に、一瞬で粉々になりました。

 

J:圧力波がコンクリート中の鉄筋構造を通じて全部分に伝達されたことによってですか。

 

D:はい。そのように私は考えます。ですからつまり時間が単に短すぎたのです。例えばもし、数秒かかっていたのであれば、そうです、その場合には下方から崩壊し始めていたでしょう。しかし一瞬の、瞬間的なプロセスでしたから、私達に想定出来るのは、重力の作用のもとで、タワーの上部が落下し始めることでした。

 

 

 

 

 

 

 

Jim Fetzer とDimitri Khalezov の対談 5/10

以下は、http://www.youtube.com/watch?v=m6NURPOJXZgの日本語字幕です。

 

 

Jim Fetzer とDimitri Khalezov の対談 5/10

 

J:しかし私が見た地図ではわずか数週間内でそのようなホットスポットは残っているようには見えず、少なくともかなり沈静化していたように示されていましたが。

 

D:はい。もちろん、それらは沈静化していました。なぜなら、全てのものが、核爆発であっても、限界はあります。核爆発により残された空洞も、高温をしばらくは維持しますが、これには限界があります。言うまでもなく最終的には冷却することになります。

 

J:リスナーのために一言述べさせて下さい。Dimitri。私が話している一種の証拠を、溶解した金属の大規模なプールの実在を揺らがすことになると私が考える一種の証拠を見てみたい人は、http://911scholars.org/を訪れ、下にスクロールし、”Was 911 Inside Job?”と題された私のブエノスアイレスのプレゼンテーションをご覧になれます。そこで40から50枚のスライドを見ていただくと、私が話している証拠を見つけることが出来ます。しかし一方Dimitriは重要な代替解釈を提示しています。ではDimitri、両ビルの解体には見た目に大きな相違点があるとあなたは考えないのですか。第7ビルの解体では、同時に全ての階が落下し、およそ5階半分の山積した瓦礫があったため、ばらばらに吹き飛ぶまで各階が静止したままであり、その後に瓦礫の山積がいかなる高さでもなかったツインタワーとは異なるメカニズムを示唆しているのと思われるのですが。ツインタワーでは瓦礫の山積がなかったばかりか、Frank Morales 神父によれば、地表面よりも低くなっていたということです。このことは異なるメカニズムが関与していたことを示唆してはいないのでしょうか。

 

D:いいえ。違います。私はメカニズムは全く同じであったと間違いなく考えます。しかし相違点は建物の高さに関してです。というのは、ご説明した通り、地下での核爆発の際、三つのゾーンが出来るからです。ダメージを受けたゾーン、粉々になったゾーン、そして空洞です。そしてツインタワーはとても高く、400メートル以上ありましたので、粉々になったゾーンだけで全体が収まりません。ですからツインタワーの一部は粉々になったゾーンとして現れ、わずかな部分がダメージを受けたゾーンとして現れ、わずかな部分がダメージを受けなかったゾーンとして現われます。これがタワーの最上部であり、核爆発から最も離れた所でした。したがってこれがツインタワー崩壊の見取り図となります。しかし第7ビルの場合、第7ビルはツインタワーよりもかなり低かったのです。ですから全体の長さが粉々になったゾーンにのみうまく収まりました。そのため第7ビルは基部から頂上までかなり完全に粉々になりました。例外は、一階から7階までの見せ掛けの壁でした。それは無傷に残ることになりました。なぜならそれは基部とは連結されていなかったからです。

 

J:見せ掛けの壁とは、巨大なアトリウムの特徴のことですか。第7ビルの巨大なロビーのことをあなたは話しているのですか。

 

D:はい。そうです。なぜなら、ご説明した通り、第7ビルは、何と呼ぶのでしょう、第7ビルの周辺は第7ビルの基部よりもわずかに大きかったからです。そのため第7ビルは特別な支柱構造を持っていました。これは基部から7階までありました。ですから1階から7階まであった第7ビルの外壁は、基部とは構造上連結されていなかったのです。そのためそれらを私たちは見せかけの壁と呼ぶことが出来るのです。そしてそれらが基部に連結されていなかったために、核爆発によって粉々になりませんでした。しかし残りの部分は、7階から上の全ての部分は外壁を含めて、完全に粉々になりました。

 

J:それは興味深いですね。あなたはBBC の Jane Standleyが、4時57分にビルが崩壊したと報じたことをご存知ですか。それはもちろん、ビルが実際に崩壊し始める23分前のことでした。

 

D:はい。知っています。もちろん。もちろんですよ。それから話は変わりますが、彼女のレポートが最初ではなかったのです。というの、私は彼女の約6分前に別のBBCのレポーターが同じことを報じたのを見た、BBCのオリジナルの映像を持っているからです。ですからJane Stanelyが最初ではなく、実際には二人目だったのです。

 

J:では、この件についてあなたはどう解釈しますか。既に計画されていたために、彼らは台本を持っており、何が起きるのか知っていたのでしょうか。主要報道機関が、私の想定では情報機関から得たとしか考えられないことを報じているのですよ。あなたもこのような解釈をしますか。

 

D:彼らがそれを情報機関から得たとは私は考えません。彼らはそれを解体に責任を持っていたビル当局筋から得たと私は考えます。なぜなら彼らはビルの解体を決定したならば、彼らは人々にその地域から出て行くように、つまり安全のために、知らせただろうからです。ですからおそらくそのニュースはそのあたりから来たのでしょう。

 

J:ではあの破壊は言うところのテロリストの攻撃とは何の関係もなかったというのですね。あのビルを破壊することは単にニューヨークの地元の当局者によって決定されたことであったと。理由が全く明白な、ご都合主義的な決定であったと。

 

D:第7ビルの場合は、言いましたように、理由に関しては私にはよく分かりません。彼らは単に証拠を隠したかったのだと私は考えます。

 

J:Dimitri。ここで私達が二回目の休憩を取るのに最適な時間となりました。Real Dealの司会進行役のJim Fetzer です。特別ゲストにDimitri Khalezovをお招きしています。同氏は核兵器や核爆発の監視また関連する事柄を受け持っていたソビエト軍の特別部隊の一員でした。同氏は911でニューヨークに何が起きたのかに関してとても興味深い代替解釈を提示しています。現在私たちは第7ビルについて論じているところです。すぐに戻ります。

 

Real Dealの司会進行役のJim Fetzer です。特別ゲストにDimitri Khalezovをお招きしています。同氏は核兵器や核爆発の監視また関連する事柄を受け持っていたソビエト軍の特別部隊の一員でした。同氏は911でニューヨークに何が起きたのかに関してとても興味深い代替解釈を提示しています。現在私たちは第7ビルについて論じているところです。Dimitri の観点では、核爆弾を利用した解体であったということです。私には大きな観察可能な相違点が第7ビルとツインタワーの破壊の間には見られるのですが、それは彼の考えでは解体の異なるメカニズムを示唆するものではないとのことです。もっとも私にはかなり力強く示唆しているように思えるため、第7ビルでの事例を含めて、それらの相違点を列挙してみます。第7ビルの場合、全階が同時に、6秒半という自由落下の速度で落下し、その後およそ5階分から5階半分の、ビルの高さの約12パーセントと同等な堆積した残骸がありました。これは過去の経験に基付くと古典的制御解体の典型的高さです。しかしツインタワーでは、ビルの高さは二倍以上あり、110階建てで、これらのビルもまた自由落下の速度で公式に落下しました。私が計測したところ、サウスタワーは9秒、ノースタワーは11秒でした。ですからそれぞれ約10秒ということです。私達は今からツインタワーについて徹底的に話して行くのですが、ツインタワーでは、Morgan Reynoldsの印象深い言い方をすれば、”blown to kingdom come”(爆破された)時、各階が静止したままでした。全てが終わった時、残骸の堆積はありませんでした。先ほど触れましたように、その時そこにいたFrank Morales 神父は、地表より下まで実際に破壊されていたと伝えています。では今からDimitriがノースタワーとサウスタワーの話をします。もし核爆発が地下で発生したのであれば、なぜビルが上から下に向かって粉塵と化していったのでしょうか。

 

D:OK。まず最初に、訂正したいと思います。核爆発は地下で発生したのではありません。核爆発は地下よりも深いところで発生したのです。ですから、ツインタワーの地下は地表から27メートルほどでした。

 

J:OK。

 

D:しかし核爆発は基部の最低部よりも50メートル下で発生したのです。ということはつまり、地表から77メートル下であったということです。

 

J:まさに驚くべきことですよ。私にはまさに驚くべきことに思えます。それでは、まず最初に彼らがしなければならなかったことは、これらのビルの建設の際に、ビルの地下よりもかなり下にこれらの核爆弾を設置することだったのですね。

 

D:はい。

 

J:それがまず最初になされねばならなかったことになりますね。つまり、ビルが立つよりも前に、解体の準備をしていたと。

 

D:はい。そのようです。というのは私がそれを目撃したのではありませんので、私には、彼らが建設を開始した際、核爆弾を設置した詳細は分かりませんので。

 

J:そうですね。

 

D:しかし私は核爆弾がツインタワーの地下の最低部から50メートル下に設置されていたことを知っています。

 

J:はい。そうですね。

 

D:地表からは77メートル下です。

 

J:はい。地下よりもさらに地中深くに核爆弾があったのに、ビルは上から下に向かって数百万立方ヤードの超微細な粉塵と化していったという事実はどのように説明可能なのでしょうか。

 

D:OK。説明してみましょう。では、想像してみましょう。核爆弾が地表から77メートル下にあるのです。そしてタワーの基部は地表から27メートル下にあります。ということは、基部から核爆弾までは50メートルということです。そして核爆弾が爆発すると、付近の岩を熱して、岩を気化させ始めます。

 

J:そうですね。

 

D:OK。そして最終的に空洞を形成することになります。

 

J:そうですね。それは粉々になった岩の層で、粉々になった岩は、人間の毛髪の大きさをしていると。そして他にも層が出来るということですね。では、続けて下さい。

 

 

Jim Fetzer とDimitri Khalezov の対談 4/10

以下は、 http://www.youtube.com/watch?v=TaArcHORPH4の日本語字幕です。

 

 

Jim Fetzer とDimitri Khalezov の対談 4/10

 

J:OK。その話に戻りましょう。私もぜひその件について学びたいと思っているのです。あなたはツインタワーを破壊するために用いられた核装置が第7ビルに保管されていたとおっしゃるのですね。

 

D:はい。私はそう考えます。なぜなら、WTCの複合ビル全体を破壊する計画は第7ビルに基礎を置いておいたと私は信じているからです。それから私は第7ビルの下にコントロールルームがあり、そこに三つの核装置を隠していたと信じています。一つ目が第1ビルを破壊するため、二つ目が第2ビルを破壊するため、三つ目が第7ビル事態を破壊するためです。そして彼らは特別な連絡トンネル、第7ビルからツインタワーのそれぞれの地下へと通じる、小型のトンネルを隠していました。私はこのようにして計画は準備されたと信じてます。

 

J:あなたの…

 

D:ですからコントロールルームは第7ビルの下にあったのです。

 

J:第7ビルの下の災は長時間続いたという、あなたの第二の論点に入ります。ツインタワーかどこかの下にあった溶解した金属や続いていた災という考えを支持することになると言われている証拠を私は見たことがありますが、これらはかなり皮相的なだけでなく、その一部は明らかに捏造されたもののようです。例えば、対応者の写真があるのですが、彼らは肌などの身体をあらわにして、空洞を覗いているのです。空洞は白熱しており、彼らは溶解した金属の空洞を覗いていたと想定されますので、もしこれが事実であれば、熱の影響は、沸騰して音を立て始めているやかんの上に顔を置くこととの類推が出来ます。肌は身体から溶け落ちていたに違いありません。Dimitri。なぜならその熱はおよそ華氏3000度であったに違いないからです。ですからこの写真は明らかに捏造されたものに見えるのです。他にも話すことの出来るものがあります。おそらくノースタワーの地下の写真で、作業員が水溜りの近くを歩いているのが見えるのですが、水は湯気を立てておらず、作業員は熱の影響を受けているようには見えないのです。これもまたそのような溶解した金属の大規模なプールという考えに反することに私には思えます。別の代替となる説明は、例えばClemson 大学の元機械工学教授のJudy Wood により提唱されているのですが、見られるのは実際には蒸気ではなく、ビルの解体を引き起こした何かのプロセスが原因の一種のガス化や霞化であり、それが残余する影響を持っていたというものです。私はこの件に関しても話したいと思っています。そこで、あなたは第7ビルの下に溶解した金属があったということにどれくらい確信がおありですか。

D:私はNew Scientist Magazineによって発表された一つの記事を読んだことがあります。もしお望みでしたら、この記事のリンクを教えてもいいですよ。

 

J:はい。

 

D:この記事は、www.newscientistmagazine、NorwayのN、 Singapore のS、クエスチョンマークイコール、DN1634、Nのような、忘れてしまったのですが、特別なラテン語のNです。
(訳者注:
http://www.newscientist.com/article/dn1634-ground-zeros-fires-still-burning.htmlのことだと思われます。

 

J:その記事のタイトルは何というのですか。

 

D:この記事のタイトルは、Ground Zero's Fire Still Burningというものです。

 

J:Ground Zero's Fire Still Burning。これがそのリンクのNew Scientist Magazineにあるのですね。

 

D:はい。容易に見つけることが出来ます。もしその記事を見つけたら、2001年の12月3日に発表された記事ですが、長い記事ではありませんので、一分以内に読み終えることが出来ると思います。そしてこの記事の論点は、第1ビル、第2ビルと同様に、第7ビル下にも地下で災があったというものです。またこの情報を提供した消防士のチーフは、災はおそらく50メートル下にあると言っています。そしてこの記事で最も重要な点は、消防士が炎を消すために、明白に特別な放射線吸収剤を水に混ぜて使用していることです。これを彼らは礼儀正しく、かなり強力な紫外線吸収剤と呼んでいます。OK。しかし行間を読める少数の人間には、これが何かは明らかです。これは放射線吸収剤です。ですから論点は、消防士はこの不思議な化学物質を、第7ビル下の炎を消すために、水に混ぜて使用したということです。つまり、これはツインタワーの下と第7ビルの下で進展していたプロセスの物理的性質は同じであることを示す証拠であるということです。

 

J:もう一度言ってくれますか。Dimitri。最後の部分をもう一度言ってくれますか。どんな証拠なのですか。

 

D:New Scientist Magazineによって発表されたこの記事によれば、彼らは消防士のチーフ、Blaichの主張を引用しています。OK。引用します。少々お待ちを。彼らはニューヨーク市消防署副チーフCharles Blaich がWTCの三つのビル、第7ビル、第1ビル、第2ビル下で地下に災があったと確認していると書いています。彼は消防士は特別な化学物質を、彼はこれを二つの紫外線吸収剤と呼んでいますが、これを第7ビルを含む三つのビルの地下の火を消すために、消防士の使う水に混ぜて使用したと言っています。またさらに加えて、彼は地下の災はおそらく50メートルほどの所にあると言っています。

 

J:これは、彼らが混ぜていたものが何であったにせよ、放射線対策であったとあなたは言うのですね。

 

D:彼らはそれを二つの強力な紫外線吸収剤と呼んでいます。

 

J:紫外線吸収剤。

 

D:彼らはそれを放射線吸収剤と呼ぶことは出来ないのです。なぜなら、それは政治的に正しくないのです。OK。ですから私達はこれが何であるかを理解するためには自分達の行間を読む能力を使わねばならないのです。

 

J:はい。そうですね。今度はあなたの、従来型の解体であれば、15階分の残骸が残ることになるという主張に関する話に入ります。多くの制御解体の研究から得た私の印象では、ビルの元もとの高さの12パーセントほどが残って山積した残骸になることになります。47階の12パーセントは5から5.5程であり、15ではありません。ですから古典的な制御解体で発生した山積した残骸が15階もの大きさになるということをあなたは信じているのですが、あなたはそのことにどれくらい確信を持っているのでしょうか。それでは元もとの建築物の高さの12パーセントのさらに三倍になってしまうのですが。

 

D:そうですね。私は解体の専門家ではありませんし、私は建設技師でもありません。そのため私の謙虚な意見にはほとんど重みはないと思います。私は論理を使うことしか出来ないのです。そのため私に言うことが出来るのは、New Scientist Magazineのこの記事によれば、第7ビルの下に炎があり、それは少なくとも50メートル下にあり、少なくとも数ヶ月間続いていたということを私達は知ることが出来るということです。そしてもしそれが通常の制御解体であったのであれば、地下に災が、特にそれほど深い所で、あるはずはないということです。

 

J:では次の質問をさせて下さい。もしツインタワーを破壊したと言われるメカニズムが第7ビルを破壊したものと同じであれば、ノースタワーやサウスタワーの跡地に何かを再建築することには無数の問題があるにもかかわらず、第7ビルは既に再建設されているという事実を、あなたはどのように説明するのですか。

 

D:あなたはなぜ彼らが既に、今日までにWTC第7ビルを再建築したのかと私に尋ねているのですね。そうですね。

 

J:はい。

 

D:私には分かりません。しかし建物を再建築することはそれほど困難なことではないと私は考えます。というのは彼らがしなければならないのは、残っている空洞をふさぐことです。まず最初には、彼らは空洞が冷めるまで待たなくてはなりません。これには数ヶ月間かかるでしょう。そして次に彼らは空洞から残っている放射性物質を取り除かねばなりません。言うまでもありませんが。それから次に空洞に、私にはコンクリートか何か分かりませんが、何か彼らが使うものを、流し込んで、空洞をふさぎます。その後、彼らは新しい建設を開始出来ます。これはそれほど困難なことではないと私は考えます。

 

J:ところで、いくつかの熱地図があり、ホットスポットに911の後わずか数週間内で、当初見られていたよりも明らかな衰退を示しているのですが。

 

D:はい。そうですね。私も見ました。

 

J:あなたの信じている地下の災と矛盾しないのですか。

 

D:はい。もちろん。矛盾しません。なぜならその地図は少なくとも三箇所の主要な高温の地点を示し、そのうちの一つはWTC第7ビルと一致しているからです。またなぜならもしWTC第7ビルが通常の爆発物により解体されたのであれば、そこにホットスポットはないからです。

 

 

 

 

 

 

Jim Fetzer とDimitri Khalezov の対談 3/10

以下は、http://www.youtube.com/watch?v=QF4yQE4PY1wの日本語字幕です。

 

 

Jim Fetzer とDimitri Khalezov の対談 3/10

 

J:司会進行役のJim Fetzerです。Dimitri Khalezovとの対談を続けて行きます。Dimitri Khalezovはソビエト連邦の場所に関わらず核爆発、核の維持管理、監視を担当する特別部署の将校でした。Dimitri は今からどのようにして第7ビルが第1ビル、第2ビル、ノースタワー、サウスタワーと同様、核解体により爆破されたのか説明してくれます。もっともそこには大きな外見上の違いがあり、見た目は全く異なって見えるのですが。Dimitri、どうぞお話下さい。

 

D:はい。では通常の、核爆発の物理作用について説明をしたいと思います。まず核爆発が発生すると、全てのエネルギーは、いわゆる第一次放射線という形で、放出されます。OK。

 

J:はい。

 

D:つまり、いかなる核爆発であれ、全ての核爆発はその全エネルギーを第一次放射線という形で放出するということです。そしてこの第一次放射線の約99パーセントはx線からなり、そして残りの1パーセントはそれ以外の光線、可視光線であるガンマ線やその他からなっています。ですから第一次放射線の99パーセントがx線で表されるということは、全ての核爆発のほとんど全てのエネルギーはx線という形で放射されるということです。OK。では、核爆発が大気圏で起きた場合、x線は核爆発の爆心地からそれほど速く移動出来ません。つまりx線は付近の空気に吸収され、空気を熱します。ですからそのために核爆発の爆心地の近辺の空気は過剰に熱せられ、オレンジ色の火の玉へと変質します。これはよく知られています。

 

J:酸素が消費されて真空を形成するということですか。

 

D:もう一度言って下さい。

 

J:付近の酸素を全て消費することで真空が形成されるということですか。

 

D:いいえ。真空になるとは私は考えません。プラズマになると私は考えます。

 

J:プラズマ。

 

D:これが適切なことばでしょう。

 

J:そうですね。

 

D:ですから、大きな火の玉状の、太陽のようなプラズマになります。しかし...

 

J:超高温のガスですね、このプラズマは超高温のガスですね。

 

D:はい。そうです。この極めて高い温度に熱せられた空気は、核の火の玉と呼ばれるのですが、第二次放射線を放出します。これは熱放射線で、人体を燃やすことも出来ます。OK。ではしかし、核爆発が地下で発生した場合は、空気がありませんので、地下という状況ではx線は核装置の周辺の岩を熱することに費やされることになります。ですから同様に今度は、岩が熱せられ、気化します。そして気化する岩の総量は核爆発の威力次第ということになります。例えば、核爆発が発生した場合、一定量の岩を気化し、そこに空洞を形成します。この空洞は、今では気化して気体となっている、以前の岩によって満たされることになります。この元の岩で満たされている空洞は大きな圧力を受けます。空洞内部の気体の圧力は空洞を全ての方向へと拡張しようとします。最終的に一次的大きさから二次的大きさへと拡張することに成功します。拡張の結果、鋼鉄のように硬い岩が粉々になることが可能になります。通常は、地下核爆発の見取り図は、このようなものです。ではもし、150キロトンの核装置を花崗岩内で爆発させるとすると、空洞の二次的大きさは、一次的大きさではなく二次的大きさは、およそ直径100メートルになります。そしてその空洞は粉々になった岩の層によって取り囲まれます。その粉々になった岩は極微細な、数百ミクロンの粉の状態で粉々になっています。人間の髪の直径と比較出来るような大きさです。そして次の空間はダメージを受けた岩になります。この岩は小さな断片へと砕かれていますが、粉塵ではありません。ですからこれは層構造になります。空洞、粉々になったゾーン、ダメージを受けたゾーン。このように専門家の専門用語では呼ばれています。そしてタワーの基部の下で核爆発が発生した場合も、同じことになります。空洞が一次的大きさから二次的大きさに拡張しようとします。空洞は二つのゾーンを押し広げようとします。まずダメージを受けたゾーン、次に粉々になったゾーンを押し広げようとします。そしてタワーの基部にはまずダメージを受けたゾーンの縁が到着します。このダメージを受けた部分はタワーの本体を通じて地下から頂上まで広がり続けようとします。そしてすぐ次に粉々になったゾーンが続きます。ですから結果として得られる全体像はこのようになります。空洞の上端がタワーの基部に到達する時までに、粉々になったゾーンとダメージを受けたゾーンは既にタワーにまで広がっています。ですから実際にタワーの本体が粉々になることになります。

 

J:あなたは最初に第7ビルの話をしているのですよね。

 

D:いいえ。いいえ。私は一般的な理論の適用の話をしているのです。

 

J:そうですか。そうですか。分かりました。

 

D:ですが、問題があります。それは核爆発にも限界があるからです。大きな核爆発であっても、限界はあります。核爆発の力はツインタワーを粉末化するには充分ではありませんでした。なぜならツインタワーは400メートル以上の高さがあったからです。OK。ですから核爆発の力は100パーセントではなくおよそ80パーセントを粉末化するほどの力でした。そうして、残ったタワーの頂上部は、核爆発の爆心地から最も離れていた箇所であったので、被害を受けないまま残ったのです。これがツインタワーの場合です。ですから全体像はこのようになります。タワーの頂上部はおそらく50メートルか45メートルかで表されていたでしょうが、長いダメージを受けなかった部分で、この箇所は重く、完全なままでした。そしてその下が、ダメージを受けた部分で、その下が、完全な粉塵です。そして重力の働きの元で、タワーの頂上部が落下し始めます。これが私達がツインタワー崩壊のビデオで目にすることが出来ることです。しかしWTC7、第7ビルの話になると、話は異なります。なぜなら第7ビルはツインタワーよりもかなり低かったからです。ですから第7ビル下での核爆発の力は完全に第7ビルを頂上まで粉末化するのに充分だったのです。そのため重たい被害を受けなかった部分、落下して下の粉塵にぶつかる部分はありませんでした。そのため、第7ビル全体が粉塵の山積のようになったのです。そのため、第7ビルはかなり均等に崩壊したのです。これが私の意見です。

 

J:そうですか。Danny Jowenko というオランダ人の制御解体の専門家がいるのですが、彼は第7ビルの映像を見て、古典的な制御解体であるとの結論に到達しました。つまり、核兵器は介在していないと。彼に判別出来た限りのことですので、私には分かりませんが。彼は直接質問を受け、間違いなく従来型の古典的制御解体であると言っています。そうすると私が取り上げた彼の判断によれば、この件についてのあなたのお話は全く間違っているということになるのですが。

 

D:そうですか。もしあれが、古典的な制御解体であったのであれば、通常の爆発物を使ったものですよね。そうであれば、第7ビルの瓦礫の山積は私達が目にすることが出来るものよりも高いものになるはずです。というのは、私達が目にするのは5階分の高さより高いものではありませんが、もし古典的な制御解体であったのであれば、少なくともその3倍の高さになっていたことになるということです。これが第一の論点です。第二の論点は、もし通常の解体であれば、WTC第7ビルの下には地下炎はなかったことになることです。しかし、ご記憶にあるように、また視聴可能なビデオで確認出来るように、WTC第7ビルは911の後少なくとも四ヶ月間、wave pulse(パルス波)を放出し続けていました。これは通常の制御解体とは一致しません。それからもう一つの論点は、単に論理です。つまり、通常の制御解体を準備するには、数ヶ月の時間がかかるでしょう。一時間半で出来るものではありません。ですが、第7ビルの解体の決定は自発的なものでした。彼らは解体することを決定し、解体したのです。ですから彼らには解体を準備する時間はありませんでした。

 

J:では、あなたの論点を、反対の順番に見ていきましょう。何が彼らが自発的な決定として、第7ビルの解体を決定した理由であったとあなたは考えますか。

 

D:そうですね。私には分かりません。私は何がツインタワーの解体の理由であったのかは分かります。これなら私はあなたに説明することが出来ます。なぜなら私はそれをFBIから学んだからです。

 

 

Jim Fetzer とDimitri Khalezov の対談 2/10

以下は、http://www.youtube.com/watch?v=JFtJCgVkxyYの日本語字幕です。

 

 

Jim Fetzer とDimitri Khalezov の対談 2/10

 

J:ここには私たちが議論すべき多くのことがあります。私はしばしば第7ビルとツインタワーの間の破壊様式の違いについて説明して来ました。というのは、言うまでもなく、第7ビルの場合、全階が同時に崩壊しており、古典的な解体のように、実際に爆発が下部から側面に沿って上に行くのが見えるからです。主要な支柱が取り除かれ、ビルが崩壊し始め、ほとんど内側に崩壊しているといってよい程に、外側に落ちるのではなく、内側に落ちて行きました。

 

D:はい。

 

J:そしてもちろん、ビルは約6秒半で落ちて行きました。しかし、Dimitri 、あのビルは二つの使用されていた大きな電気発電機の上に建設されていたのです。ツインタワーでは、中空の支柱が使用されてはいましたが、実質的に第7ビルで使用されていた中空でない鉄筋梁と同様な支持力を持っており、実質的に中空でない鉄筋梁を使用していたことになります。ですから、第7ビルは人間の手によって設計されたビルのうちで最も頑丈なビルの一つであり、古典的な制御解体がなされたように見えるというのが私の印象です。私には核解体という話が分からないので、あなたからその話を聞くことにとても興味を持っています。

 

D:OK。私のつつましい意見を知りたいのであれば、こういうことです。あなたは第7ビルは世界で最も頑丈なビルの一つと言われましたが、そこに問題点があります。というのは、制御解体とは、正式の意味では、ビルを内側に崩壊させる目的で、ビルの様々な構築を切断するために爆発物を使用することを意味します。これは通常、レンガの壁やコンクリートのパネルやそのような類の古いタイプのビルに対してのみ使うことが出来ます。しかし問題点は、爆発物は中空のチューブ状鉄筋を切断するためには使用出来ないということです。これは簡単ではないのです。

 

J:あなたが話しているのは、中空でない鉄筋支柱のこと、第7ビルの主要な建築支柱の話ですか。

 

D:はい。実際に鉄筋フレームのビルを解体するには大量の爆発物が必要になります。購入する余裕はないと私は考えます。

 

J:そうですね。アメリカ政府が関与していたことがあっても、つまり、Rumsfeldはペンタゴンの予算から2.3兆ドルが行方不明であると911の前日に伝えているのですが、これを融通することが、関係者が関与したと考えられる理由であったとは私も考えません。

 

D:はい。そうですね。例えば、制御解体を準備するには、通常の爆発物を使用する従来の意味でですが、数ヶ月が必要になります。なぜなら多くの計算をし、その場所からガラスを取り除き、また爆発物を適切な箇所に設置し、適切な形で爆発させるために導火線システムを配置しなければならないからです。ですから一時間半で出来ることではありません。第7ビルに爆発物を設置するには、単純に時間がないのです。一度に長い時間をかけることも出来ません。なぜなら人々が気が付くからです。人々が準備に気が付いてしまいます。

 

J:私の印象は、第7ビルの火災は極めて小規模であったというものです。なぜならそのビルは言われている航空機の衝突を受けていなかったからです。また搭載されていたジェット燃料が原因の火災は、これも一種のまやかしであると思われます。なぜならジェット燃料の大部分は大きな火の玉の中で初めの10秒から15秒の間に燃焼してしまうし、残った火災は通常のビル火災と同じ華氏500度くらいのかなり低い温度で燃焼するだけであったからです。そしてそのような火災は永遠に燃えることはなく、鉄筋には何のダメージも与えなかったであろうからです。このようなことが全般的に明白なことだと私は考えます。では、第7ビル自体の話になります。第7ビルにはディーゼル燃料タンクがありましたが、私の理解ではディーゼルは爆発性ではなく、比較的低温で燃焼します。ですからこれも第7ビルの崩壊を説明出来ないのです。あなたは第7ビルには前もって解体が準備されていたと主張しているのだと私は思いますが、タワー1と2でも同じく準備がされていたとあなたは信じているのですか。

 

D:はい。私が第7ビルに関して理解したのは、第7ビルの下には実際にコントロールルームがあり、WTC複合ビルの残り、つまりツインタワーの解体に使用されたということです。というのはツインタワーの解体に使用されたnuclear charge核装置は、明らかにWTC第7ビルの下に隠されていたからです。なぜなら、私の考えでは、これが論理的だからです。なぜなら、同じ場所でそれらを監視し、保守管理するほうが簡単だからです。

 

J:私は時々、第7ビルはタワー1、2の破壊と関係があったのかと、第7ビルの破壊の理由は装置があった証拠や事実を取り除くことであったのかと思索していたのですが。

 

D:私もそう考えます。私もそう考えます。

 

J:私の以前の推測は、電気発電機をエネルギー源として利用して、何らかの形でツインタワーの破壊に使用された装置用に変換していたのではないかというものでした。またもちろん、テスラ装置、スカラー兵器、Directed Energy Weapon か何かの使用の可能性を考えることも出来ます。このような考えがあなたの注意を引くことがありましたか。

 

D:そうですね。私が考えているのは、このようなことです。もし私がソビエトのspecial control service の元軍人でなければ、またもし私が今までの自分の人生でWTCの核解体の考えを聞いたことがなければ、私はそうしたことを信じたでしょう。しかし問題点は、私はそれを知っていたことです。私がそれを知っていたという意味がお分かりですか。

 

J:なぜならあなたは...

 

D:私は以前の軍務からそれが核爆弾であったことを知っているのに、なぜテスラ装置を信じなければならないのですか。

 

J:はい。

 

D:つまり、私は中立的ではなく、自分の以前の知識により既に先入観を持っているのです。

 

J:そうですね。分かります。はい。分かります。あなたはとても率直です。とても適切で正直なことだと思います。その点に私は好意を持っています。ではニューヨークでのことですが、ニューヨークの職員で、Barry Jenningsという名前の人物がいたのですが、彼はその朝実際に第7ビルにおり、Rudy juliani市長が、たしか23階か24階に設置した、水や空気の独自補給を備えたcommand control center に行ったのですが、彼が見たのは沸いたままのコーヒーと、食べかけのサンドイッチくらいだったというのです。そこに一人の人物がやって来て、彼をビルから出て行かせようとして、我々は出て行かなければならない、と言ったそうです。彼は手助けを受けてビルから出て行くことになりました。彼は多くの爆発が起きていたと伝えていました。また彼は自分では見ることは出来なかったけれど、死体を踏み越えた感じがしたと伝えていました。彼が最終的にビルから脱出することが出来るまでに、ビル内では多くのことが起きていたのです。彼はその件について多くのインタヴューを受けていましたが、当然のことながら、間もなく、彼は死亡したことが分かりました。しかしこうしたことは、公式説明と矛盾する重要な情報を目撃した場合にはそれほど驚くことではありません。Barry Jenningsのことを聞いたり、彼のインタヴューを見たことがありますか。

 

D:実際に私はそのことに関する記事を、2、3読んだことがあります。インタヴューは見たことがありませんが、そのことについては読んだことがあるのです。そして私は何人かの人々が自分達は第7ビルの内部で、そのビルが崩壊するかなり前に、複数の爆発を見たと証言していたということを聞いたことがあります。

 

J:はい。

 

D:ツインタワーが崩壊するよりも前でした。

 

J:はい。その通りだと思います。午前中の早い時間でした。

 

D:その爆発が最終的な第7ビルの崩壊と関係があったとは私は考えません。それは何か別のことであったと私は考えます。

 

J:建築の一部として、何か準備をしていたとか...あなたはどう考えますか。奇妙だとは思いませんか。午前中の爆発が午後5時40分の解体と関連がなかったとは。つまり、もちろん時間差があることには同意しますが、この爆発は何のためにあったとあなたは考えますか。

 

D:私には分かりません。なぜなら私はその目撃者ではないからです。

 

J:もちろん。

 

D:私は自分が確実に知っていることだけを話したいと思います。例えば、私はあなたに、間違いなく自分がソビエトのspecial control service の軍人であったことを確証出来ます。また私が911以前にWTCの核解体という考えを聞いたことがあること、これもまた、私は確証出来ます。しかしそれ以外は、私は推測するしかないのです。

 

J:はい。そうですね。

 

D:なぜなら、私は目撃者ではないからです。

 

J:はい。そうですね。しかしあなたには...つまり、大きな相違点をご覧いただきたいのです。ツインタワーでは全階が静止したまま、ビルは上階から下に向かって爆破されていたのです。しかし第7ビルでは爆発は、基部で始まり、上階に向かって側面を上って行ったように見えます。またもちろん、第7ビルではおよそ5階分の高さのパンケーキの堆積がありましたが、ツインタワーではパンケーキの堆積も山積も全くなかったのです。

 

D:このように考えられます。それを核解体という観点から考慮すると、相違点は説明が可能です。説明はそれほど難しくありません。そのメカニズムの説明をして欲しいですか。

 

J:はい。ぜひそうして下さい。どうぞ。

 

D:OK。ポイントは核爆弾を利用して、どのようにビルを解体するかということです。というのは多くの人がこれを理解していないからです。

 

J:Dimitri。休憩を取らなければなりません。最適な時間です。司会進行役のJim Fetzer です。特別ゲストに、Dimitri Khalezovをお招きしています。すぐに戻ります。私達は核爆弾を利用したツインタワーとさらに第7ビルの破壊について話していきます。

 

 

 

 

Jim Fetzer とDimitri Khalezov の対談 1/10

以下は、http://www.youtube.com/watch?v=fiZgw-SBaIsの日本語字幕です。

 

 

Jim Fetzer とDimitri Khalezov の対談 1/10

 

J(Jim Fetzer):Real Deal の司会進行役のJim Fetzerです。特別ゲストに、ロシア人研究者Dimitri Khalezovをお招きしてます。同氏はツインタワーの破壊に核兵器が使用された可能性に関する検証をしています。この番組のゲストにお越しいただきうれしく思います、Dimitri。

 

D(Dimitri Khalezov):どういたしまして。

 

J:あなたの経歴の概略とどうして911に興味を持つようになったのか、どうぞお話下さい。

 

D:はい。私はソビエト連邦の時代、ソビエト軍の将校でした。そして私は軍務上、国防省の第12 directoryというソビエト軍の特別部署にいました。この組織の公式の名称はtechnical service of Soviet militaryというもので、ソビエトの核兵器の保守整備に責任を持っていました。この組織の中にはさらに小さな部署があり、special control service と呼ばれていました。そして私は、特にこの部署の軍人だったのです。special control serviceは核爆発の検知、また核爆発に関連する様々な管理、監視を担当していました。そして80年代の終わりにこの組織の軍人であった間に、私はニューヨークのWTCのツインタワーの下に、解体目的の核装置があったという知識を得たのです。これは緊急時のWTC核解体計画ということが私には分かりました。私はこうしてこの知識を得ました。ですからその時から私はこのことを知っていたのです。そして911でツインタワーが破壊された時、私はなぜツインタワーは破壊されたのか理解しようと努め、自分の知識を用いました。その時からグラウンド・ゼロはWTC跡地を示すものとして使用されているのですが、かつてはグラウンド・ゼロは正式の英語では、核爆発のあった場所を意味していました。このようにして私はこの件を考えるようになりました。

 

J:それはとても興味深いですね。というのはツインタワーの建設は1966年に始まり、賃貸者の入居は1970年に開始したのですから、あなたが疑っているのは1966年当時の核技術が、当時設置可能な技術を利用して、実際にツインタワーの制御解体をもたらす充分な能力を持っていたと。こういうことですか。

 

D:私がspecial control service で軍人であった時、私はこの件に関して技術的な詳細はほとんど知りませんでした。私は事実を知っていただけでした。つまりそのような考えがあって、核解体システムが実在していたことを知っていただけでした。私は当時その件に関して技術的な詳細はほとんど知りませんでした。私はWTCの下、基部の50メートル下に大きなthermo nuclear charge熱核装置が埋められていると知っていただけでした。これ以上は知りませんでした。基礎的な知識だけしか知りませんでした。

 

J:とても興味深いことですね。その件の話を進める前に、さらに2、3の事柄についてお教え下さい。あなたにはソビエト軍のその部署に入る前に物理学や科学の経歴がおありなのですか。

 

D:いいえ。ありません。私は核科学とは何も関係がありませんでした。私が核兵器に関して知っているのは、私は軍人でしたので、ご存知のようにソビエト連邦は核国家でしたので、ソビエトの全軍人は大量殺戮兵器である核兵器に関する基本的な知識を持っていなければならなかったからです。それは軍のトレーニングの一部でした。ですから私が知っているのは、ソビエトの全軍人が知っていることです。しかし私は、核兵器に対して責任を持つ特別な部署にいましたので、通常の軍人よりは若干知っています。しかし科学者ほどではありません。

 

J:あなたやあなたの同僚達は、ツインタワーが破壊された時に、ある種の核解体という手法でなされたに違いないという印象を持ちましたか。

 

D:私は話したことがありません。なぜならツインタワーが破壊された時、私はソビエト軍の軍人ではありませんでしたので。私は1992年にソビエト軍から退きました。911の9年ほど前のことです。そしてその当時私はロシアには住んでいませんでした。私はタイのバンコクに住んでいました。ですから私には彼らとそのことを話す機会がありませんでした。
しかし私は数人の以前の同僚と、数日後になって話しました。彼らもまた私に同意しました。

 

J:彼らもまたそれは一種の核解体であったと信じたのですね。

 

D:彼らはそうだと信じたのではありません。というのは彼らはそのことを聞いたことがあったからです。というのは、お話したように、80年代の終わりに私たちはそのことを知っていたのですから。一度そのことを知って、その結果を見ます。すると推測の必要はないのです。これが既に知っているということです。

 

J:そうですか。とても興味深いですね。というのは、基部内部に核があったのであれば、ツインタワーは実質的に階ごとに上から下に向かって爆発していましたが、これとは異なった観察可能な影響があったと考えられるからです。地下に核装置があったのであれば、基部を吹き飛ばし、異なった観察可能な影響をもたらしていたことになると推定されるのではないでしょうか。私は思い違いをしているのでしょうか。

 

D:ううん。多くの人は、誰かがいわゆる”パンケーキ崩壊”という言い方を用いたために、それを信じています。しかしビデオを注意深く再検討してみると、当時入手可能であったビデオ証拠は、ツインタワーの崩壊は”パンケーキ崩壊”には見えないことを示しています。なぜなら階が全く見えないからです。目にするのは、タワーの上階が、ほとんど自由落下速度で、いかなる抵抗を受けることもなく、落ちていく姿です。ですから私は階があったとは考えません。つまり、残っていた階、残っていた建築物の一部は、粉末のようになっていたということです。そのために”パンケーキ崩壊”と呼ばれるものとは異なっていたのです。

 

J:私も全く同感です。私も全く同感です。”パンケーキ崩壊”ではありませんでした。トラスの陥落ではありませんでした。そうした話は国立技術標準局から私たちに与えられたものでしたが、私はそれは明白に間違っており、それを支持する証拠は全くないと考えます。それから実際に私は、Frank Morales 神父のような目撃者の話を聞いたことがあります。彼は真近の聖マルコ教会から駆けつけた第一対応者だったのですが、彼は二つのタワーは実際に地表よりも深くまで破壊されていたと私に説明しました。そのため第7ビルとは違ったのです。47階建ての第7ビルでは、元もとのビルの高さの約12パーセントに等しい、約5階分の残骸の山積がありました。一方、古典的な制御解体ではこの2倍以上の高さの残骸の山積がもたらされることになるにもかかわらず、ツインタワーでは階がありませんでした。そして第7ビルが制御解体であったことは間違いないでしょう。

 

D:そうですか。しかし私は第7ビルもまた核爆発によって破壊されたと信じています。

 

J:本当ですか。

 

D:はい。なぜなら、それはほとんど全体が粉末化していたからです。第7ビルの残った部分は...どのように説明すればよいのか分かりませんが...第7ビルは特別な建築様式をしていました。つまり、そのビルの地下の基部は、壁に沿って測定すると、entire footprint よりも小さかったということです。ですから、どのように説明すればよいのか分かりませんが、特別な建築様式であったのです。そしてWTC第7ビルの地表から7階付近までの外壁は、基部と連結されていませんでした。それらはつまり、false walls見せ掛けの壁のようなものでした。ですから第7ビルが崩壊した時、実際に残った部分は、およそ7階分の見せ掛けの壁だけでした。そしてその他の部分は粉末化していました。ですからこうしたわけで、私は第7ビルもまた核爆発によって解体されたと考えます。またそれから、WTC第7ビルの地下でもまた、数ヶ月間続いた、いわゆる、地下の炎があったという問題点があります。もしそれが通常爆破物による通常の制御解体であったのであれば、WTC第7ビルの場合、地下の炎はなかったでしょう。

JFK暗殺におけるシークレットサービスの共謀

以下は、http://www.youtube.com/watch?v=IV--066rq18の日本語字幕です。

 

 

BLACK OP RADIO がお贈りする「50年間の50の理由、なぜWarren委員会はアメリカ人に仕掛けられた最大のペテンと考えられるのか」。

 

では司会のLen Osanic です。

 

今週のエピソードではJim Fetzer がDealey Plazaでの大統領の車両パレードを防御する際のシークレットサービスの失態を明らかにしてくれます。

 

「私はJim Fetzerです。「Murder In Dealey Plaza」やその他のJFKの暗殺に関する本の編者であり、また同様な多くの記事の著者でもあります。」

 

後部のシークレットサービスのメンバーが明らかに離れ、追尾車両のところに行っています。

 

追尾車両は車両パレードで大統領専用車の直後を走ることになります。

 

シークレットサービスは追尾車両の踏み台に乗って車両に付き添い、従来のやり方通り、通常大統領専用車が約時速20マイルにまで速度を上げるまで、大統領専用車に沿って走ります。

 

専用車が速度を上げると、シークレットサービスは、追尾車両の座席に戻り、そこに留まります。

 

追尾車両のドライバーは速度に関わらず常に大統領専用車の直後を、通常は6フィート、最大でも10フィート以内の間隔を保ちます。

 

「私はWarren委員会について若干意見を述べたいと思います。

 

暗殺の全体像として言えるのは大統領の暗殺を仕掛けたシークレットサービスの共謀を示す点が16点以上あるということです。

 

軍情報部隊が「警戒態勢解除」を命じていました。

 

大統領の防御を提供出来なくなるため街全体を通るべきではなかったのに、民衆が群れ、街路にあふれ出すことを許したのです。

 

車両パレードのルートに沿って8列、10列、12列の窓が開け放たれていました。

 

マンホールのふたは溶接されておらず、閉じられていませんでした。

 

バイクの伴走は4台に削減されていました。

 

白バイ警察官は大統領専用車の後輪より先を走らないように指示されていました。

 

警察官の一人が、これは自分がそれまで見た中で最悪のフォーメーションだったと述べています。

 

またルート変更も行われました。

 

全ルートに沿って全てのビルと居住者を調査しなければならないため、通常であればシークレットサービスは決定されたパレードのルートは変更しないのにです。

 

こうしてMain Street からHuston Street へと向かう90度の旋回が含まれただけでなく、Elm Streetへと向かう110度の旋回も含まれることになりました。

 

これはシークレットサービスの従来のやり方に違反するもう一つの例です。

 

これは、乗員を警戒させることなくリムジンを減速させるためになされたと私は確信しています。

 

最も驚くべきことはドライバーであったWilliam Greerが、発砲が開始した後に、リムジンを左に寄せ、停止させたことです。」

 

ここで公式発表がありました。

 

第35代アメリカ大統領 John Fitzgerald Kennedy が死亡しました。

 

リムジンがParkland病院の緊急措置室入り口の外に停車していた際に血液がリムジンからぬぐいさられました。

 

「彼らはParkland病院に着いたときには、シークレットサービス職員が水とスポンジの入ったバケツを持ち出して、リムジンから血液と脳を洗い流し始めました。

 

これは言うまでもなく、犯罪現場の破壊です。

 

実際にフロントガラスには銃弾により貫通した穴がありました。

 

複数の民間人が、警察官が実際に鉛筆をその穴に通しているのを見ていました。

 

リムジン車両を押収し、移動させたシークレットサービスの一連のやり方は一般には明らかにされませんでした。

 

月曜日、公式の国葬の日に、リムジンはFord Motor 社に送られ、解体され、完全に地金に作り変えられました。

 

車中の主要な犯罪現場が完全に破壊されたのです。

 

これらが、皆さんの大統領、また私の大統領でもあったJohn Fitzgerald Kennedyの死を捜査、調査する際の連邦政府の行動だったのです。」

 

このまま次回の驚くべき話まで波長を合わせていて下さい。

 

私達は何週にもわたって、皆さんに信じ込ませようとしてきたWarren委員会の50の嘘を明らかにしていきます。

 

 

ハイジャック機のパイロットはハイジャックを知らせるメッセージを発していなかった。

以下は、http://www.consensus911.org/point-flt-1/の日本語訳です。

この記事を発表した 9/11 Consensus という組織は博士、退役軍人、元パイロットという専門家からなる組織です。
http://www.consensus911.org/panel-members/

 

論点Flt-1:ハイジャックされた旅客機に関する主張

公式説明
911委員会レポートは4機の航空機(アメリカン航空11便、77便、ユナイテッド航空93便、175便)が911においてハイジャックされたと主張している。1

 

最適な証拠
パイロットは、ハイジャックが試みられた証拠を得た場合、トランスポンダー上にて世界共通のハイジャックコード(7500)2 を「入力」し、地上の連邦航空局に通報するべく訓練されている。しかし有力紙や911委員会は連邦航空局の管制官が通報を受けなかったことを指摘していた。3 
CNNのストーリーでは、パイロットは「可能であれば」ハイジャックコードを送信するように訓練されていると述べられている。しかしこのハイジャックコードの入力にはわずか2、3秒しかかからないが、一方公式説明ではハイジャック犯が93便の操縦室に押し入るには30秒以上かかったという。5
8人のパイロット(訳者注;操縦士、副操縦士を含めて)のうち一人もこの所定の行動を取らなかったという事実はハイジャックのストーリーに対して深刻な疑いを投げ掛けるものである。6

 

論点Flt‐1の参考資料

 

1 911委員会レポート(2004)第一章。 ↩

 

2 参照:「NORADの追尾を助けるため、ハイジャックされた航空機はモード 3/A, コード 7500を発することが出来るようにあらゆる手立てがなされなければならない。」
原典:連邦航空局、「指令7610.4J:特別軍事行動、第七章、ハイジャックされた航空機の護衛」、2001年7月12日。.

 

参照:「ハイジャックコード、苦悩を知らせる隠された信号」、ABC News、2005年6月3日。

 

3 Christian Science Monitor 紙はハイジャックを知らせるコードを発することが出来なかったことを「異常事態」として報じた。
(Peter Grier、 “The Nation Reels”、 Christian Science Monitor、2001年9月12日)。

 

4 「11便は明らかにナイフを振りかざす男達によってハイジャックされた。航空会社のパイロットはそのような状況に対し落ち着いて、要求に応じながら対処し、トランスポンダーと呼ばれる装置で緊急用の4桁の番号コードを入力するよう、訓練を受けている…この行動には数秒がかかるが、そのような番号コードは明らかに入力されなかった。」
(「America Under Attack: How could It Happen?” CNN Live Event, 2001年9月12日)。

 

5 ユナイテッド航空93便のコックピットレコーダーのテープと言われるものによれば、侵入者が操縦室に押し入るのに30秒以上がかかっていた。
(Richard A. Serrano, “Heroism, Fatalism Aboard Flight 93,” Los Angeles Times, 2006年4月12日)。
11便がハイジャックコードを発することが出来なかったことがここで論じられている。

 

パイロットにハイジャックコードを入力することが「可能」であったことは明白であろう。有名なシャーロックホームズの話によれば、厩舎への侵入者についてのセオリーは「吠えなかった犬」によって反証されたのであった。911の航空機に関する侵入者のセオリーは、類推により、ハイジャックを知らせるコードを入力しなかったパイロットによって反証されると言えるだろう。

 

6 議論を深めるためには、David Ray Griffinの The New Pearl Harbor Revisited、2008年の175ページから179ページを参照されたい。

 

2013年9月 8日 (日)

911における航空機からの通話

以下は、http://www.globalresearch.ca/phone-calls-from-the-9-11-airliners/16924の日本語訳です。
前々回、前回の記事を参照すると理解の一助になるかと思われます。

 

 

911における航空機からの通話
私の Fifth Estateプログラムでのインタヴューにより喚起された疑問への返答

 

by Prof David Ray Griffin

 

Global Research, January 12, 2010

 

2009年11月27日、Canadian Broadcasting Corporation(カナダ放送協会)のFifth Estateプログラムが“9/11: The Unofficial Story”1 と題した番組を放送した。その番組のために私は911真相追求運動の他の数人のメンバーと並んで、インタヴューを受けた。そのインタヴューの最も重要な部分で私は、2006年のMoussaouiの裁判のためにFBIによって提示された航空機からの通話に関する報告書によれば、Barbara Olsonの77便からのただ1回の電話は「つながらず」、そのため「0秒」しか続かなかったことになると指摘した。Fifth Estateプログラムは911の航空機からなされたと言われる通話に関する私の論考の短い一部分しか放送しなかったが、そのホームページでは後にこの論考を含む22分のビデオが視聴可能になった。2

 

その後すぐに、このビデオの一部が、“David Ray Griffin on the 9/11 Cell Phone Calls: Exclusive CBC Interview”との題でYou Tube3 に投稿され、その後このビデオは911 Bloggerにも投稿された。4 この後者の投稿が注目に値する論考をもたらし、私の見解に反対する主張がなされた。この小論において私は、これらの主張の最も重要なものに返答するものである。つまり:

 

1.FBIは911における高高度の航空機からの携帯電話での通話が不可能であったことを認めていない。

 

2.報じられた911における通話に捏造されていたものがあったことを示す証拠はない。

 

3.アメリカン航空のボーイング757型機、従って77便には機内電話があった。

 

4. FBIの911における航空機からの通話に関する報告書は、妻から電話を受け取ったことに関するTed Olsonの報告の土台を崩すものではなかった。

 

この小論の4つの部分で順番にこれら4つの主張に対して返答していく。

 

1. 2001年時点での高高度での携帯電話による通話の可能性に関してのFBIの見解

 

私は2006年のMoussaouiの裁判のためのFBIの報告書が、911真相追求運動の一部のメンバーによりなされた、高高度の航空機からの携帯電話での通話は不可能であったであろうとの主張の容認を示唆していると提言している。しかしながら、一人の批評家が以下のように述べた:「FBIは30,000フィートの高度において携帯電話で通話する可能性に関して何も認めていない。」5 FBIがそのような通話が不可能であると、あるいは少なくとも不確かなため断言することが出来ないとはっきりと明言していないことは事実である。しかし私は、Moussaouiの裁判のためのFBIの報告書がこの見解の容認を示唆していると主張するものである。

 

この主張に対する私の論拠は以下の3つの論点を伴っている:(1) 911の直後に、FBIは報じられた航空機からの通話のうちおよそ15通話が携帯電話での通話であったとの説明を少なくとも認め、そのように述べていること。(2)2003年に、911真相追究運動の優れた一人のメンバーが説得力のある形で、2001年に利用可能であった携帯電話技術を考慮すると、高高度での航空機からの通話は不可能であったであろうと主張したこと。(3) Moussaouiの裁判のためのFBI報告書は、航空機からの携帯電話による2つの通話のみを確認している。これは双方ともユナイテッド航空93便からのもので、5,000フィートにまで降下した後のものであったこと。私はこれら3つの点をそれぞれさらに詳しく説明していく。

 

当初は携帯電話による通話として報じられた通話

 

報じられた航空機からの通話のうちおよそ15通話が当時携帯電話による通話として説明された。そのうちのおよそ10通話が93便からのものであった。例えば:

 

•Washington Postのストーリーは以下のように述べた:「93便の[乗客 Jeremy] Glickの携帯電話による通話と他の同様な通話が、火曜日の朝の身も凍る時間に4機のハイジャックされた航空機で起きた出来事について、今のところ最も劇的な説明を提供している。またそれらはどのようにしてハイジャックが起きたのかに関する鍵も示している。」6

 

•Newsweekのユナイテッド航空93便に関するストーリーは以下のように述べた:「Elizabeth [Honor] Wainio、27歳はMarylandの継母と話していた。別の乗客が彼女に携帯電話を貸してくれて、自分の家族に電話するように告げたと彼女は説明している。」7

 

•FBIのユナイテッド航空93便の乗客Marion Brittonの親しい友人であったFred Fiumanoへのインタヴューによれば、Marionは彼に電話し、ハイジャックについて伝え、それから彼に彼女が使っていた電話の番号を教えたという。それは彼女自身の携帯電話の番号ではなかったため、Fiumanoは 職場の同僚と飛行していたBrittonが『携帯電話を借りた』と推測したという。8

 

•Greensboro News & Recordはユナイテッド航空93便の客室乗務員Sandy Bradshawが彼女の夫にユナイテッド航空93便から電話していたことを報じながら、加えて彼らの「携帯電話での会話」について述べており、また彼女は夫に「多くの乗客が携帯電話で電話していた」と語ったと報じた。9

 

•彼女の夫Tom Burnettから3回から5回の通話を受け取ったと述べたDeena Burnettに関するストーリーは以下のように述べた:「Deena Burnettは電話をつかんだ。…彼女はすぐに恐怖を感じたが、不思議なことに携帯電話越しに聞こえる夫の落ち着いた声によって平静を取り戻した。」10

 

ユナイテッド航空175便からの2つの通話もまた、当初は携帯電話による通話として説明された:

 

•BBCのストーリーは以下のように述べた:「ビジネスマンPeter Hansonは、世界貿易センターに衝突したユナイテッド航空175便に妻と赤ん坊と共に搭乗していたが、Connecticutの彼の父親に電話した。2度切断したにもかかわらず、彼はナイフで武装した男達が客室乗務員を刺している様子を何とか伝えることが出来た。」11 Associated Pressのストーリーは「代表者がLee Hansonへの携帯電話による通話を確認した」と述べた。12 

 

•Washington Postのストーリーは以下のように述べた:「Brian Sweeney は彼の妻 Julieに電話をかけた:『やあ、Jules』、Brian Sweeneyは彼の携帯電話に向かって話しかけた。『Brianだよ。ハイジャックされた、あまり様子は良くないよ。』」 13

 

同じように、アメリカン航空77便からも2人が携帯電話によって通話をしたと広く報じられた。その一人が客室乗務員Renee Mayであった。彼女に関するストーリーの見出しは以下のように書かれていた:「客室乗務員が携帯電話でLas Vegasの母親に電話をかけた」。14

 

77便から携帯電話で通話したもう一人の人物と報じられたのが、アメリカ合衆国訟務長官であったTheodore “Ted” Olsonの妻、CNNのコメンテーターBarbara Olsonであった。911の午後、CNNはTed Olsonによる、彼の妻が「アメリカン航空77便から携帯電話で2度彼に電話をかけてきた」と述べるストーリーを放送した。15  Olsonは、同じ日にFBIに「通話が妻の携帯電話からなされたのか、機内電話からなされたのか自分では分からなかった」16 と述べたと報じられたが、彼は自身の公式声明においてこの二つの立場の間を行ったり来たりした。17 彼はこの件に関する2つの最後の公式声明であったと思われる、2001年11月16日のFederalist Societyでの、そして2002年3月5日のLondon’s Daily Telegraphでの発言においては、機内電話のヴァージョンを支持さえした。18 しかしこれらの別ヴァージョンの声明は、911の一年後にもCNNが依然として、FBIからの公式の反論もなく、Barbara Olsonは携帯電話を使用したと報じていたという事実によって示されるように、アメリカの報道機関では実質的に注目されなかった。19

 

最後に、アメリカン航空11便からのつながった携帯電話での通話は2つあったと報告された。双方とも客室乗務員Madeline “Amy” Sweeney によるものであったという。911委員会報告書は後に以下のように述べた:

 

「[客室乗務員]Amy Sweeney はBoston のアメリカン航空業務オフィスに連絡したが、その便に搭乗している誰かが怪我をしたと彼女が伝えた後に接続は切れた。3分後に、Sweeneyは再びオフィスにつながり、管理者のMichael Woodwardに最新情報を伝え始めた…Sweeney と Woodwardの間の通話は約12分間続いた」。20

 

同じ日にWoodwardにインタヴューしたFBI職員の作成した口述書は、WoodwardによればSweeneyは「携帯電話を使用」していたと記載していた。21

 

Olsonの事例と他の一つ二つの事例を除くと、新聞は彼らの話の情報を主としてFBIから得ていたため、自分達が携帯電話から通話を受け取ったという人々の主張を支持している印象を与えていた可能性が高い。私達が見てきたように、報じられたAmy Sweeneyからの通話に関しては、これは事実であった。Deena Burnettに関しては、FBIの報告書は以下のように述べている:

 

「午前6時39分(太平洋標準時間)頃から始まり、Burnettは一連の3回から5回の彼女の夫からの携帯電話での通話を受け取った...およそ10分後にDeena Burnettは夫からもう一つの通話を受け取った...およそ5分後に彼女は夫からのもう一つの通話を受け取った。」22

 

Lee Hansonに関しては、FBI報告書は以下のように述べている:「彼は自分の息子が携帯電話から電話していたと考えた。」23

 

従って、通話が受け取られた時これらの航空機はかなり高高度を飛行していたと報じられてはいたが、911の航空機から携帯電話による通話が複数あったとの考えに対してFBIが公式に異論を唱えておらず–その考えの支持すらしていたと考えられる–ことは明白である。しかしながら、2006年のMoussaouiの裁判で提出されたFBIによる報告書には、このような明白な支持は見られない – おそらく携帯電話に可能であったことの限界のせいであろう。

 

携帯電話の限界

 

2001年に利用可能であった携帯電話技術を考慮すると、数千フィート以上の高度の航空機からの携帯電話での通話は、特に数秒以上続く通話は、実質的に– またおそらく完全に– 不可能であったであろう。しかし報じられた携帯電話での通話の多くは、航空機が25,000 フィート以上、さらには40,000フィート24 を飛行していた時に発生しており、また1分かそれ以上続いていた。 – 報じられたAmy Sweeneyの通話は12分も続いたという。25

 

当時の携帯電話は地上のセルサイトと「接続」を成し遂げなければなければならず、これには数秒がかかるため、高速の航空機の携帯電話は通話を完成するために充分長い時間セルサイトとの接続を維持するには問題があった。
信号は水平方向に、セルサイトからセルサイトに向けて、垂直方向ではなく発信されていた。上方向への漏れが幾分あっても、システムは高高度の携帯電話を稼動させるように設計されてはいなかった。
(3)大質量の航空機がもたらす絶縁によって信号を受信することはさらに困難になっていた。

 

長年にわたりScientific Americanでコラムを書いている、著名なカナダ人科学者で数学者でもある A. K. Dewdneyが、2003年初頭にこれらの問題点により911の航空機からの携帯電話での通話の少なくとも大部分は不可能となることを示す実験について報告した。27 彼の実験は単発、双発エンジンの航空機を用いたものであった。

 

単発エンジンの航空機では、成功した通話は2,000フィートよりも低い高度でのみ可能であったことがDewdney には分かった。高度がそれ以上になると、可能性はますます低くなる。

 

20,000フィートでは、「通常の携帯電話が地上に届き、セルサイトと連動する見込みは100分の1以下である…2つの携帯電話が成功する可能性は10000分の1以下である。」

 

13の通話が成功する可能性は「無限小」になると、Dewdneyは付け加えた。28 双発エンジンの航空機を用いた後の実験においては、これはより大きな質量を持つためより大きな電気信号に対する絶縁をもたらすものであるが、成功の確率は7,000フィートで0に減少することがDewdneyには分かった。29 より大きな航空機は、より大きな質量を持っており、さらに強い絶縁をもたらすことになる –事実、Dewdneyはこれは「大型旅客機では、離陸の間に、航空機が1000フィートの高度に達する前に頻繁に携帯電話が接続を失うという多くの事例報告と一致している」30 と付け加えた。このため、30,000フィート以上を飛行する航空機からの成功した携帯電話による数多くの通話は「全く不可能」であったことになるとDewdney は結論づけた。31

 

そのような通話は数年後に初めて可能になるのであった。2004年にQualcomm が、乗客の「まるで地上にいるかのような通話の送受信」を可能にする、「picocell」を使った根本的に新しい種類の携帯電話技術の成功実演を発表した。アメリカン航空はこの新しい技術は2006年に民間航空機で利用可能になると考えられると発表した。32 この技術は、実際、2008年の3月に初めて民間航空便で利用可能になった。33

 

この技術が利用可能になる何年も前に911の攻撃が起きたという事実を踏まえると、FBIは深刻な問題に直面していたことになる。

 

FBIの修正された公式見解

 

後に見られるように、FBIは2004年までに –Dewdney が自身の実験結果を報じた翌年までに –報じられた航空機からの通話に関して高高度での携帯電話による通話の生起を肯定しない説明を準備していた。しかしこの説明は公けにはされなかった。

 

この説明は2006年に初めて、(「20人目のハイジャック犯」として告訴された)Zacarias Moussaouiの裁判のためにFBIによって作成された911の航空機からの通話に関する報告書において公に目に見えるようになった。裁判のFBI広報担当者、McClatchy 報道官は以下のように述べた:(訳者注:93便からは)「恐怖を感じた乗客と乗組員の13人が35回機内電話で通話し、2回携帯電話で通話した。」34

 

この無味乾燥な発表に含まれていた意味は、FBIの公式見解に根本的な変化があったことである:それまでは、FBIは–少なくとも報道機関の報道と矛盾しない形で –93便からは10回以上の携帯電話による通話があり –3つか4つがTom Burnett一人からのものであった–との考えを支持していた。事実、Dewdneyは、「[93便からは] 他の3つの便を合わせたよりも多くの携帯電話による通話があったと言われている」と述べ、93便を「携帯通話便」と名づけた。35 しかしFBIが今ではこの便はわずか2つの携帯電話による通話の発信源でしかなかったと述べたのであった。

 

このFBI広報官による発表はアメリカ政府のホームページのMoussaouiの裁判のページに掲載されているFBIの航空機からの通話に関する報告書に実際に反映されている。36 このFBIの報告書の書式には報じられた様々な通話に関する情報をまとめた図表が含まれている。この図表ではわずか2つの93便からの通話のみが携帯電話からなされた通話であったことが示されている。その一つは以下のように述べている:「午前9時58分:乗客Edward Feltが、自分の携帯電話 (732) 241-XXXXを使用して、Pennsylvania州Westmoreland郡の緊急連絡番号911の電話交換手John Shawに連絡している。」37 もう一つは、客室乗務員CeeCee Lylesのものであり、彼女が午前9時58分に自宅の電話番号に「携帯電話」をかけたことを示している。38 その結果FBIははっきりと、これらの2つの通話のみが93便から携帯電話でなされた通話であったと述べたのであった。

 

さらに、他の3つの便の図表では報告されている通話のうちどれも携帯電話として記載されていない。私達はこの事実から、このFBIの報告書が911の全航空機からの携帯電話による通話はFeltとLylesからの通話のみであったと示していると、問題なく推測可能なのであろうか。私達にはそうすることが可能なことを示す複数の点がある。

 

まず第一に、上に引用した発表においてFBI広報官が「恐怖を感じた乗客と乗組員の13人が35回機内電話で通話し、2回携帯電話で通話した。」と述べたように、FBIが93便についてこう述べたことである。言い換えれば、携帯電話であったことが特別に図表で示されている2つの通話を除いて、全ての通話ははっきりと「機内電話」であったと明言されているということである。

 

第二に、2人の女性 – Barbara Olson と客室乗務員 Renee May – が77便から携帯電話で通話をしたと一般的には報じられているという事実にもかかわらず、彼女達を示す図表は彼女達のいずれも携帯電話を使用したことを示していなかったことである。また「アメリカ司法省のZacarias Moussaouiに対する刑事訴訟の裏付けとするために作成された」2004年5月のFBIのアメリカン航空77便からの通話に関する報告書を見ると、私達は以下のような表現を目にする:「77便からの通話は全て機内電話システムを通じてなされた。」39

 

第三に、FBIは他の2つの便に関しても明白に同様な表現をしていたことである。ユナイテッド航空175便で携帯電話による通話をしたと報じられた2人 – Peter Hanson と Brian Sweeney –はFBIのMoussaouiの裁判のための報告書においては機内電話を使用したと述べられていた。そしてアメリカン航空11便の客室乗務員Amy Sweeneyから同僚Michael Woodwardへの通話は、WoodwardによればFBIの口述書に引用されている通り「携帯電話」を使ってなされたというが、FBIのMoussaouiの裁判のための報告書においては機内電話を使用してなされたと述べられていた。40 FBIからの77便と93便に関する発表が、通話がはっきりと携帯電話での通話であったと指定されていない限り、機内電話からのものであったことを示しているという事実を踏まえると、私達はFBIは11便と175便についても同じことを意図していたと問題なく推測可能である。

 

こうして、FBIのMoussaouiの裁判のための報告書によれば、911の航空機からの携帯電話での通話は前述の Edward Felt と CeeCee Lylesからの通話のみであったと考えられることになる。

 

これらの2つの通話には当初は携帯電話として報じられた他の通話とは異なる共通点が何かあったのであろうか。あったのである。それらは双方とも、上に見たように、93便から9時58分になされたと記載されており、その時には93便は5,000フィートにまで降下していたと報告されているのである。41  Dewdneyの報告を考慮すると、高度5,000フィートを高速で飛行する旅客機から2つの携帯電話での通話が成功したということは依然として極めてありそうにないことになるが、少なくとも25,000フィートを超える上空からの通話が成功したということよりはあり得たであろうため、この2つの通話は不可能として完全に除外することは出来ないであろう。

 

FBIが、当初は携帯電話として説明された911の航空機からのおよそ15の通話のうち、比較的低い高度で起きたと報じられている2つの通話についてのみ携帯電話であったとの説明を受け入れているという事実を考慮すると、FBIは高高度の航空機からの通話は不可能 –あるいは不確かなため断言することが出来ないということに、自分達のMoussaouiの裁判のための報告書において暗黙のうちに同意したと結論付けることが合理的であると考えられる。

 

2. 捏造された通話を示す証拠

 

私の複数の記事においてなされ、そしてFifth Estateのインタヴューの間も繰り返された – 少なくとも報じられた通話のいくつかはほとんど間違いなく捏造されたものであったとの主張に対する反応として、一人の批評家が以下のように書いた:「DRG(David Ray Griffin)には通話が捏造されたものであったことを示す証拠がない...」42 しかし反対に、この結論を支持する注目に値する証拠がある。

 

携帯電話からの通話を受け取ったと報じられた人々の数

 

私達が見たように、地上の人々が携帯電話による通話を受け取ったと伝えたのは、ユナイテッド航空93便の客室乗務員Sandra Bradshaw;ユナイテッド航空93便の乗客Marion Britton、 Tom Burnett、 Jeremy Glick、Elizabeth “Honor” Wainio; ユナイテッド航空175便の乗客Peter Hanson 、Brian Sweeney; アメリカン航空77便の客室乗務員Renee May; それからTed Olsonの説明の最もよく知られたヴァージョンに従うと、アメリカン航空77便の乗客Barbara Olsonであった。しかしながら、FBIはそのMoussaouiの裁判のための報告書において、これら全ての通話は機内電話でなされたと明言したのであった。もしこれが本当なら、なぜこれほど多くの人々が自分達は携帯電話から通話を受けたと伝えたのか、FBIはどう説明するのであろうか。

 

人々は、もちろん、特に緊張した状況においては間違いを犯す。彼らは自分達が聞いたことを誤解したり記憶違いするであろう。しかしこれほど多くの人々が、自分達に電話をかけた人が携帯電話を使っていたと間違って考えるという同じ間違いをしてしまうということがあり得るのであろうか。(先程見たようにTed Olsonと、これから見るようにRenee Mayの両親は、両者ともどのような種類の電話が使用されていたのかよく分からないと述べていたため、彼らは間違いを犯したと非難されるべき人々のリストからは除外されることになる。)私達は何かよりもっともな説明を求めねばならないのではないだろうか。

 

FBIのAmy Sweeneyからの通話に対する驚くべき扱い

 

報じられたアメリカン航空11便から客室乗務員Amy Sweeneyによりなされたという通話に関する話を変更しようとして、FBIの最も手の込んだ取り組みと思われる取り組みがなされた。始めに見たように、アメリカン航空の従業員Michael WoodwardはSweeneyと12分間話したと報じられたが、9月11日の日付のあるFBIの口述書は、彼女が「携帯電話」を使用していたと記述していた。43 奇妙なことに、911の攻撃の翌日にWoodwardも交えて「航空事業システムに関する電話会議」を行ったという、アメリカン航空の航空事業部門のVice PresidentであったJane AllenへのFBIのインタヴューの要約は、彼女が以下のように発言したことを示していた:「Woodwardによれば、Sweeny [原文ママ]の電話は携帯電話か航空機の機内電話かのいずれかからのものでした。」44 しかしながら、まぎれもなくWoodwardがSweeneyは「携帯電話」を使用していたとはっきり述べていたことになっているLechnerの作成した口述書は、4つの理由により、Jane Allenによる間接的な引用よりもより信頼出来るとみなさねばならない。第一に、Lechnerは口述書を作成する際にこのような事項に関して正確であるべく訓練を受けていたのに対し、一方Allenの電話会議中の関心は航空業務に関するものであったからである;第二に、LechnerはWoodwardに対し一対一のインタヴューを行ったのに対し、一方AllenはWoodwardとは他の人々も同伴した電話会議の間に話していたからである;第三に、Lechnerのインタヴューは911の当日実施されたのに対し、一方Allenの電話会議は翌日なされたものであったからである;そして第四に、LechnerはWoodward彼自身から直接情報を得ていたのに対し、一方FBIの要約はWoodwardが述べたことを間接的に記述したものを示していたからである。Woodwardの話に関するAllenの要約をまとめたFBIの要約は、こうして、FBI特別捜査官James Lechnerの作成した口述書を疑問視する理由を提供しないことになる。この口述書によれば、WoodwardはAmy Sweeneyが「携帯電話を使用」していたと述べたという。

 

さらに言えば、この見解は911の後の最初の2年間ほとんど例外なく支持されていたと思われる。Amy Sweeneyが「機内電話によって」電話をかけたと述べる2001年12月のNew York Timesの社説45 を除いて、彼女が使用していた電話の種類に言及する報道はそれを携帯電話として言及していた。例えば、元客室乗務員Elizabeth KilkennyはSweeneyに対する賛辞の中で以下のように書いていた:「私は新聞の解説で彼女の名前を見つけました。その記事は彼女がBostonで予定管理ソフトと携帯電話を使用する姿を示していました。」46 客室乗務員協会による追悼文は、Sweeneyは携帯電話により彼女の上司へハイジャックに関する情報を伝えた」と述べていた。47  Astro Databankでの人物紹介は彼女は「自分の携帯電話で連絡することが出来た」と述べていた。48

 

この点に関するLechnerの作成した口述書が2001年10月にAssociated Pressに“Flight Affidavit: Flight Attendant Made Call to Report Hijacking”と題されたストーリーとして現れていたという事実を考慮すれば、彼女が携帯電話を使用したことに関してほとんど満場一致の見解があったという事実は驚くことではない。その記事は以下のように述べるものであった:

 

「新たに公開された裁判文書によれば、アメリカン航空の従業員が世界貿易センターに衝突する直前に不運な11便に搭乗していた客室乗務員から携帯電話での通話を受け取っていた...FBIは口述書にアメリカン航空の従業員へのインタヴューを引用した。」49

 

しかしながら、Lechnerの作成した口述書と結果として生じたSweeneyが携帯電話を使用していたというほとんど満場一致した見解にもかかわらず、2004年7月に出された911委員会の報告書は、彼女は機内電話を使用したと述べた。それはそのことを、広く気付かれてしまう本文中において明言してはおらず、巻末の注において以下のように述べていた:

 

「Amy Sweeneyは機内電話で Loganのアメリカン航空の航空業務デスクに連絡を取ろうとした...Sweeney と Woodwardの間の通話は約12分間続いた(8時32分から8時44分まで)。」50

 

何が起きて公式説明の変更を生じさせたのであろうか。2004年8月、911委員会報告書の出現の直後、New York Press記者のAlan Cabalは“Miracles and Wonders”という題の記事の中で、以下のように書いた:

 

「先週、USA TodayはQualcomm とアメリカン航空による飛行中の航空機からの乗客の携帯電話での通話を可能にするための合併努力を報じた...この衛星を利用したシステムは ‘Pico cell’ を活用し、小型携帯電話用タワーとして作動させるものである...この新型‘Pico cell’以前には、飛行中の旅客機からの通話はほとんど不可能であった。8000フィートを超える高度または時速230マイルを超える速度においては接続が不可能なのである。しかしそれにもかかわらず、乗客Todd BeamerとJeremy Glickは…どうにかして9月11日の朝93便から通話することが出来たのであった。Peter Hansonは…175便から父に電話をかけた。客室乗務員Madeline Amy Sweeneyは11便から劇的な電話をかけた。いずれも当初は携帯電話からの通話であったと報じられた。後に、懐疑がその厄介な首をもたげ、Grassy Knollersが到着し、話はあいまいになった;1分10ドルのAirfones(機内電話)が利用されたことが示唆されることになった。」51

 

この記事が示すように、Cabalは、2004年8月までに公式説明が変更されていたことを知り、この変更は、911真相追究運動のメンバーによって提起された報じられた携帯電話による通話の実現可能性に関する疑念に対応してなされたのではなかったかと示唆したのであった。(彼の追及者を「Grassy Knollers」と呼ぶ呼び方は冷やかしめいているかも知れないが、彼の話のそれ以外の部分はCabal自身が不合理であるとみなしているのは公式説明であることを示している。52) 911委員会報告書は当初携帯電話で通話したと説明された人が実際に使用した電話の種類については何も明記してはいないが、報告書の– 彼女は“airphone”(機内電話)を使用したという53 – Amy Sweeneyに関する巻末注がCabalが公式説明が変更されたと主張する理由となったのであろう。

 

いずれにせよ、911委員会が最終報告書を書く前に、公式説明はまぎれもなく変更されていたのであった。委員会の最終報告書に反映された2004年の911委員会の委員報告書においては、Edward Feltと CeeCee Lylesによる9時58分の通話のみが携帯電話での通話とみなされていた。54 この委員報告書はまた、アメリカン航空11便からAmy Sweeneyによってなされた、ユナイテッド航空175便からPeter Hanson とBrian Sweeneyによってなされた(と想定される)通話は機内電話を利用したものであったことも示している。 - もっとも911委員会報告書自体はこの二人の男性が使用した(と想定される)電話の種類を示してはいないが。55

 

Amy Sweeneyが利用した電話を“airphone”(機内電話)であったとする説明に関して、この説明を裏付けると言われる証拠が2004年5月に現れた。Amy Sweeneyと死別した夫、Mike Sweeneyが–犠牲者の家族に対する特別説明会が開かれることになっていた –6月4日以前に、彼の妻からのアメリカン航空のMichael Woodwardに対する通話内容を含んでいるテープが存在していたとの知らせを間違いなく受けたのであった。Gail Sheehy記者によれば、Mike Sweeneyは以下のように述べたという:

 

「私はほとんど3年もたってから、妻が残した911の出来事にとって極めて重要なテープがあったことが分かり、ショックを受けました。突然それは奇跡的に現れて、FBIの手に入ったのです…なぜ今になって出て来たのでしょう。」56

 

彼の疑問に対する答えは、このテープがAmy Sweeneyが使用した電話の種類に関する話を変更させる理由をもたらしたという事実と並んで、911委員会がその報告書を完成させる直前であったという事実と関係があると思われる。Sheehyのこのテープに関する要約の部分は以下のようなものである:

 

「その若い2児の母親は乗客の列の最後から2番目に身を隠し、もう一人の客室乗務員Sara Lowから渡された AirFone(機内電話)カードを使用し、BostonのLogan空港の航空業務オフィスに電話した。」

こうして、Amy Sweeney が – FBIの口述書が述べていたような携帯電話ではなく – “airphone”(機内電話)を使用したという情報は「奇跡的に出て来た」テープによってもたらされたのであった。これはどのようにして作成されたのであろうか。以下はSheehyがまとめた通りのストーリーである:

 

「彼のオフィスにはテープ機器がなかったため、Woodwardは、同僚でLogan空港のパーサーの監督者であったNancy Wyattにその客室乗務員の驚くべき話を繰り返し話し始めた。もう一つの電話で、Ms.Wyattは同時進行でMs.Sweeneyのことばを航空会社のFort Worth 本部に伝えた [そこでWyattのことばが記録された]。家族のために再生されたのはこの伝えられた説明であった。」57

 

この話は前述の911委員会委員報告書に反映されており、以下のように記載されていた:

 

「午前8時40分、WoodwardがSweeney と話していた最中、Michael Woodwardのとなりに立っていたアメリカン航空のBostonの従業員がアメリカン航空のSOC [Systems Operations Control]の従業員に連絡してきた。彼女はWoodwardと Sweeneyの間で進展中の電話の内容を伝えた。」58

 

この新しいストーリーもまた、かなり不明瞭ではあるが以下のように、911委員会報告書に反映されており、巻末の注にたびたび引用されているが、説明はない:「アメリカン航空トランスクリプト、Nancy Wyattから Ray Howlandへの電話、2001年9月11日。」59 この引例が、Nancy Wyattからの通話を受け取ったと報じられているアメリカン航空本部のSOC職員はRay Howlandであったということを私達に告げている。

 

Sweeney が機内電話を使用したというFBIと911委員会による主張は明らかにこの話に基付いている。しかしこの話は、6つの理由により全く信じられない:

 

第一に、2004年までこのテープの存在に関してはひとことも話はなかったと考えられるからである。Sheehyは以下のように書いた:

 

「Moussaouiの裁判の起訴に携わった連邦検事補、David NovakはSweeney氏に[2004年5月に彼がその件について知らせた時]そのテープの存在は彼には初耳であったと告げた…『私達、起訴チームと私達を支援するべく任命されているFBI職員は、そのテープのことを知りませんでした。』とNovak氏は私に語った。彼はわずか2週間前、911委員会委員に2機のハイジャックされたアメリカン航空機について自身が知っていることを説明していた時に、そのことを知ったに過ぎないと言うのである。彼は委員会は航空会社からそのテープを入手したと信じている。」60

 

このようなこのテープに関する広く行き渡った無知が、それは存在しなかったのではないかという疑念を生むことになる。

 

第二に、この疑念がなぜ2004年まで911委員会はこのテープをアメリカン航空から受け取ることがなかったのかという疑問について深く考えることで増大するからである。もしこれが事実であれば、推定上、録音がなされたTexas州Fort Worthのアメリカン航空本部の誰かがこのテープを発見したことになる。しかし、BostonのNancy Wyatt からTexasのHowlandにハイジャックされた旅客機からの最初の通話の一つの実質的に文字通りの説明が伝えられているという- このテープが生み出された劇的な方法を考慮すると、このテープの存在がアメリカン航空本部のRay Howlandや他の人々によって忘れられていたとは想像出来ない。

 

第三に、このテープが2001年に制作されたのではなかったのではないかという疑念が、以下のように報じる2001年9月20日のLos Angeles Timesのストーリーにより増大するからである:

 

「アメリカン航空が本部を置く、Dallas [-Fort Worth]のFBI高官は、テロリストの攻撃の当日、そこでの通話の部分的口述記録や報告をつなぎ合わせることが出来た。アメリカン航空の職員はそのような通話は通常は記録されないと述べ、FBIがインタヴューから会話を再現したのであろうことを示唆した。」61

 

もしアメリカン航空本部の職員に、Sweeneyが言ったことをWoodwardが実質的に一字一句口述したものをWyattが実質的に文字通り口述した録音があったのであれば、なぜFBI高官は「部分的口述記録をつなぎ合わせる」必要があったのであろうか。たとえもしもそれらのアメリカン航空の職員がどういうことか数年にわたりこの録音テープの存在について忘れてしまっていたとしても、彼らが911当日の遅くにそれについて既に忘れてしまったとは間違いなく考えられない。また、もし彼らに通話の録音が–間接的なものであれ–  あったのであれば、なぜアメリカン航空の職員は「通常は記録されない」と述べたのであろうか。最後に、アメリカン航空の職員がこの録音について知りながら、FBIには知らせなかったとは想像出来ないのである。62

 

第四に、911当日にMichael WoodwardがFBI捜査官James Lechnerにインタヴューを受けた際、Michael Woodwardがこの録音の作成について述べた形跡がないからである。そのようなテープの存在はLechnerの作成した口述書において言及されていないことに加えて、FBIの翌日のWoodwardへのインタヴューの要約においても同様に言及されていないのである。このインタヴューの要旨は以下のような記述で終わっている:「WoodwardはSweeney と話している間メモを取っており、そのメモに彼はサインし、日付を書き、インタヴューしている捜査官に渡した。」63 しかしWoodwardが、わずか数時間前に、Sweeneyの報告をNancy Wyattに繰り返しており、そしてNancy WyattがTexasのRay Howlandにそれを繰り返していたのであれば、Woodward は以下のように発言していたであろう:「全面的に私のメモに頼る必要はありません。なぜならTexasのアメリカン航空の本部にSweeneyの発言を実質的に文字通り繰り返した口述の録音があるからです。」

 

第五に、もしWoodwardがNancy Wyatt にSweeneyの「別の客室乗務員から与えられたAirFone(機内電話)カード」を使用していたという発言を繰り返していたのであれば、彼がわずか数時間後に、彼女は「携帯電話を使用」していたとLechnerに告げることは間違いなくなかったであろうからである。

 

最後に、この新しいストーリーはそれ自体においても矛盾しているからである。私達に伝えられたのは、Sweeney と Woodwardの間の会話は8時32分から8時44分まで続いたということである。しかし、前述の911委員会委員報告によれば、Nancy Wyatt は8時40分まではTexasのアメリカン航空本部にその通話の中継を開始していなかったのである。64 もし彼女が、12分間の通話の最後の4分間だけ、TexasのRay Howlandと電話でつながり、Gail Sheehyが伝えるように「Ms.Sweeneyのことばを同時進行で航空会社のFort Worthの本部に伝えていた」のであれば、どうしてこの通話からSweeneyとWoodwardの間の通話の、最後の4分間のみではない– 完全な実質的に文字通りの書き起こしをもたらすことが可能であったのであろうか。要約すると以下のようになる:アメリカン航空11便からなされたと言われているAmy Sweeneyの通話をNancy Wyattが一字一句繰り返したものを録音したと言われているものは後の捏造であったと結論付けるに充分な6つの理由がある。それは – おそらく他の理由と共に – この12分間の通話に関する説明を変更し、携帯電話による通話として述べられることがないように、制作されたものであったのであろう。こうしてFBIの2001年の口述書において描かれたような通話は発生不可能であったことを暗に認めることで、Sweeney からWoodwardへの報じられた通話は捏造されたものであったことを、FBIは2004年に暗に認めたように、私には思えるのである。

 

発信者番号通知ディスプレー上で認識された携帯電話の番号

 

上に述べられたことにもかかわらず、一部の人々は911の航空機から携帯電話での通話を受け取ったと伝える人々は全て – おそらくFeltとLylesからの9時58分の通話を伝える人々を除いて – 自分達が聞いたことを誤解したのだという考えを受け入れることが出来ているようである。しかしたとえもしそうであっても、彼らは依然としてより困難な以下のような問題に直面している:もし全ての通話が(9時58分の2つの通話を除いて)、Moussaouiの裁判のためのFBIの報告書が述べるように、機内電話からなされたのであれば、なぜ通話の中に受信者の発信者番号通知ディスプレー上に電話をかけた人の携帯電話番号と想定される番号を表示させたものがあったのであろうか。

 

 

Tom Burnett: このタイプの事例の最もよく知られているものは、93便の乗客Tom Burnettから妻Deena Burnettに対してなされたと報じられている通話である。私達が始めに見たように、彼女はFBI職員にその朝彼女は夫から3つから5つの通話を受け取ったと告げたのであった。FBIの報告書はさらに以下のように補足した:

 

「Burnettは発信者番号通知ディスプレーが夫の番号925 980-3360を表示していたため、夫が自分の携帯電話を使用していたと断定出来た。彼女が別の電話に出ていため電話のうち一つだけは発信者番号通知ディスプレー上に表示されなかった。」65

 

しかしながら、Moussaouiの裁判で提示された報告書によれば、Tom Burnett は3回の通話を達成しており、その全ては乗客席の電話を使用していたという(彼が通話をしたと言われる座席列が示されている)。66

 

FBIのDeena Burnettの証言に対する扱いをCeeCee Lylesの夫、Lorne Lylesの証言に対する扱いと比較することは有益である。彼に対するインタヴューのFBIの要旨は以下のように述べている:「午前9時58分、Lorne Lylesは自宅で妻の携帯電話からの通話を受け取った。Lyles はその時熟睡していた…Lyles はCeCe [原文ママ] Lylesの電話番号941-823-2355 が発信者番号通知ディスプレー上の番号であったとコメントした。」67 FBIがMoussaouiの裁判に自分達の電話に関する報告書を提出した際、報告書にはLorne Lylesの彼の配偶者は携帯電話を使用していたという証言が反映されていた。しかしDeena Burnettが– 彼女の配偶者の携帯電話番号が彼女の発信者番号通知ディスプレー上に現れたという –同じ証拠を提供しても、Moussaouiの裁判でのFBIの報告書には彼女の証言は反映されず、その代わり彼女の夫は座席後部電話を使用したと記述していた。この食い違いは、高高度での携帯電話での通話をいかなるものであれ肯定することを避けるためFBIの報告書が調整されたことを示すさらなる証拠を提供するものである。

 

いずれにせよ、どうすれば報じられたTom Burnett からの通話に対するFBIの扱いが公式説明の信憑性に反する対処不可能な証拠を提供してないと言えるのであろうか。もし彼が実際にFBIが現在主張するように、機内電話から通話したのであれば、どうして彼の自宅の電話の発信者番号通知ディスプレー上にその通話が彼の携帯電話から来たものであったことが示されることがあるのであろうか。一部の人々は「根拠のない推測」として、このことが通話が捏造されたものであったことを示しているという意味を拒絶する。しかし誰かが代替説明に思い至るまでは、これが事実を説明する唯一の仮説なのである。

 

さらに、このインタヴューの報告書を作成したFBI捜査官が彼女の発言を誤解していたと仮定することで、この問題から逃れることも出来ない。彼女は発信者番号通知ディスプレーに関する自身の発言を1年後にMcClatchyの記者Greg Gordonにも繰り返しており68、また5年後にはある本の中で同じことを繰り返したのである。その本の中で彼女は以下のように述べた:「私は発信者番号通知ディスプレーを見ましたが、それはまぎれもなくTomの携帯電話の番号でした。」ちなみに、彼女は自分でこれは問題をはらんでいることが分かったと述べ、以下のように書かれていた:「私はどうやって彼が空から私に自分の携帯電話で電話出来たのか分からなかった。」69 それでもなお、彼女は自分が見たことを繰り返し述べたのだった。

 

Renee May: さらに、911の航空機に搭乗していた人物の携帯電話の番号を表示した別の電話が疑いなくあった。それはつまり、アメリカン航空77便の客室乗務員 Renee Mayのことである。Reneeの母親Nancy Mayに対するFBIのインタヴューの要約によれば、彼女は「娘が機内電話を使用していたのか自分の携帯電話を使用していたのか分からなかった」という。70 しかし他にもRenee Mayからの通話は報告されていたが、このことについては一般には告げられていなかった。911委員会報告書は「77便の乗客と乗組員の家族は彼らがハイジャック機から通話を受け取ったか否かを確かめるために全員個別訪問を受け、Renee Mayの両親とTed Olsonだけがそのような通話を受け取ったと指摘した」と断言した。71 しかしながら、Renee Mayの婚約者が「家族の」一員としてみなされるのであれば、委員会は彼の証言について言及していなければならなかった。

 

2002年6月5日の日付のあるFBIのメモによれば、Renee Mayの両親は2001年9月11日の朝「Renee に彼の職場[彼女の婚約者]にも電話するように勧めた」という。そして、彼女の婚約者(名前は伏せられている)の証言をまとめて、FBIのメモは以下のように記載した:

 

「May は2001年9月11日の朝[彼に] 連絡しようとしたが、彼とは話さなかった。[彼は]彼の職場の電話が… Mayが電話してきたことを示していたと伝えた。」72

 

Mayの婚約者は、FBIの彼に対するインタヴューの要約によれば、その朝何時にその通話があったのか言えなかったため、私達にはこれはBurnett の事例と同等であると確実に言うことは出来ない。つまり、彼女はかなり早く、その便が離陸する前に、通話したと想定することも出来るのである。

 

しかしながら、報じられるところによればその便は午前8時09分に離陸が延期されたため、彼女が勤務に就く前に通話していたのであれば、彼女はかなり早く、間違いなく遅くとも午前7時15分までには通話する必要があったことになる。従って、通話が彼女の携帯電話番号を、彼の自宅の電話にではなく、彼女の婚約者の職場の電話に届けたという事実は、77便が飛び立った後に、電話をかけた可能性が最も高いことを意味している。これがMayの婚約者と両親が想定したことと考えられる。実際、May夫妻に彼らの娘からの自分達への通話は携帯電話からなされたと確信させ、“Flight Attendant Made Call on Cell Phone to Mom in Las Vegas”という地方紙の見出しを招いたのはこの考えであったようである。73

 

いずれにせよ、FBIのMoussaoui裁判での報告書は、Renee Mayの婚約者への通話については言及しておらず、彼女の – そのうちの一回だけしかつながらなかった – 2回の両親への通話は、機内電話からなされたことを示していた。74

 

結論:一方では、航空機が飛行中にTom Burnettの携帯電話番号とRenee May のものと思われる携帯電話番号が発信者番号通知ディスプレー上に現れたのである。また一方では、FBIのMoussaouiの裁判での報告書はBurnettと Renee Mayは携帯電話を使用しなかったと明言しているのである。この点についてFBIに対して異論を唱えない限り、想定される代替説明は、誰かが人物の声をまねた声を模写することに加えて、携帯電話番号を表示させもする装置を用いて、少なくともこれらの通話の1つを、もしかしたら2つとも捏造したと結論付けることである。これはもちろん、推測である。しかし他に事実を説明する説得力ある方法が存在しないのであれば、これを根拠なき推測と呼ぶことは出来ない。

さらに、もし私達が大きな確信を持って報じられたAmy Sweeney と Tom Burnett(そしておそらくRenee May)の通話が捏造されたものであったと言えるのであれば、 当初携帯電話でなされたと言われた–Sandy Bradshaw、 Marion Britton、 Honor Wainio、 Jeremy Glick、 Peter Hanson、 Brian Sweeney を含む–他の様々な人々の報じられた通話は何であったのであろう。それらもまた捏造されたものであったという結論を避ける唯一の方法は、誤った記憶あるいは誤解に基付くものであったと主張することであると思われる。しかしながら、これらの報告の正確さは、多くの人々がその報告をしたという事実によってだけでなく、受信者の発信者番号通知ディスプレー上に携帯電話として表示されたBurnettの通話を誤った記憶あるいは誤解に関する推測で説明することは不可能であるという事実によっても裏付けられている。従って、Deena Burnett への通話は、携帯電話から通話を受けたと言う他の人々の主張の正確さを裏付けている。そのため、当初携帯電話でなされたと言われた報じられた通話の大部分に関して、それらが捏造されたものであったことを示す十分な証拠が私達にはあると思われるのである。

 

この結論からさらに、報じられた航空機からの通話は全て、初めから機内電話からなされたと言われていたものまでも、捏造されたものであったという結論が導かれる。なぜか。なぜならもし通話が本物であり、本当のハイジャックを伝えていたものであれば、数人の乗客からの通話を捏造するために複数の人間が装置と情報を携えてお膳立てされる理由がないからである。もし複数の人間にAmy Sweeney、Tom Burnett、その他の当初携帯電話で通話したと言われていた多くの人達からの通話を捏造する準備が出来ていたのであれば、航空機は、公式説明が述べる通りに、驚くべき作戦によりハイジャックされてはいなかったことになる。もし公式説明の最も基本的な部分が偽りであるのなら、航空機からハイジャックを伝えたいかなる通話であれ、信憑性を認める正当な理由はないことになる。

 

 アメリカン航空77便の機内電話に関する疑問

 

Barbara Olsonが通話の試みを1度だけなし、それは「接続」されず、「0秒」間しか続かなかったことを示すFBIの2006年のMoussaouiの裁判での報告書について知る前に、911真相追究運動のメンバーには彼女がTed Olsonに77便から2回通話をし、それぞれにおいて会話をしたというTed Olsonの主張を疑う理由が既にあった。そうした理由の一つは通話は携帯電話からも機内電話からも不可能であったと考えられるというものである。

 

Barbara Olsonが携帯電話を使用したかも知れないという可能性は、報じられた航空機の高度によって排除されると考えられる:911委員会によれば、報じられた彼女の最初の通話は「午前9時16分から9時26分の間に」起きたという。その時77便は、NTSBの公式報告書によれば、25,000フィートから14,000 フィートの間を飛行していたという。76 (FBIは後に彼女の試みた通話は9時18分58秒に起きたと時間を特定したが、NTSBの報告書はその時77便は依然として25,000フィートを飛行していたことを示している。77) そのため、先に引用した2004年の発表においてFBIが以下のように述べたことを知っても大きく驚くことはない - 「77便からの全ての通話は機内電話システムを通じてなされた」78 – その便から携帯電話での通話はなかったというのである。

 

しかしながらこの発表は、この便に機内電話があったことを示すものであった。そして、私達が見てきたように、FBIは明確に Renee Mayは機内電話を使用して、彼女の両親への通話を成し遂げたと述べていた。しかし私は彼女であれBarbara Olsonであれ、アメリカン航空の757型機には2001年9月に、稼動する機内電話がなかったために、そのような通話は出来なかったことを示す証拠を挙げている。 

 

これを受けて、一人の批評家が以下のように書いた。「事実:アメリカン航空の757型機には911の日に機内電話があった」。さらに述べた:「Griffin 自身も2007年に同様のことを認めていた- しかし通話はなかったことに関する主張を続けている」。そして他の批評家も同意を表明した。79 私は2つの要素を持つこの主張の2つの部分を、後者の方から順に、扱っていくことにする。 – 一つはアメリカン航空の757型機には911の日に機内電話があったということ、もう一つが私が良く知りながら、反対の主張をしているということである。

 

77便に機内電話があったのかどうかに関しての私の立場の進展 
私が2007年に Debunking 9/11 Debunking の第一版を出版した時、私は明らかにTed Olsonが定着させた– 彼の妻が彼に77便から乗客席の電話を使用して2回通話したという– 主張は真実ではあり得ないと主張した。なぜならその便にはそのような電話はなかったからである。私は主に、Rowland Morganと Ian Henshallの共著 9/11 Revealed中で彼らによってもたらされたアメリカン航空757型機には(ユナイテッド航空の757型機とは異なり)機内電話はなかったという証拠に基付いて、この主張をした。80

 

MorganとHenshallはその主張の根拠を3つの事実に置いている:第一が、アメリカン航空のホームページは、乗客がアメリカン航空のボーイング767型機と777型機から通話が出来ることを伝えながらも、757型機については言及していないことである。81 第二が、彼らはロンドンのアメリカン航空の代表から同社の757型機には機内電話はなかったことを学んだことである。第三が、彼らはアメリカン航空にeメールで「757型機には乗客が使用出来る電話が取り付けられていますか」と尋ねた際、「アメリカン航空広報担当者、Tim Wagner」とサインされ、以下のように書かれた返信を受け取ったことである:「アメリカン航空の757型には乗客が使用する機内電話はありません」。その後、Wagnerの返信にはアメリカン航空の757型機には、乗組員の使用のみに意図されたものではあったが電話があり、Barbara Olson はもしかするとそれを借りたかも知れない可能性が残っていることが分かったため、Morganと Henshallはもう一度メールを発信し、「アメリカン航空の757型機には乗客あるいは客室乗務員のいずれかが使用可能な機内電話がありますか」と尋ねた。Wagnerの返信には以下のように書かれていた:「アメリカ航空の757型機には乗客用であれ、乗組員用であれいかなる機内電話もありません。乗組員は他のコミュニケーション手段が使用可能です。」82

 

これら3つのそれぞれに裏付けし合う証拠に基付いて、私はDebunking 9/11 Debunking の第一版(2007年初頭に出版した)において以下のように述べた:「私達にはTed Olsonへの通話は、Renee Mayの両親への通話同様、捏造されたものであったことを示す十分な証拠がある – もちろん、彼が単に話を作り上げたのでなければの話だが。」83

 

私の「間違い」の撤回:
しかしながらその本が出版された直後、私は再考した。これは3つの事実により引き起こされた。第一が、信頼している同僚が座席後部に電話があることを示すアメリカン航空757型機の内部の1998年に撮影された写真を送ってきたことである。第二が、以下のように述べる2002年2月6日のCNET News報道が、この同じ同僚によって送られてきたことである。

 

「アメリカン航空はAT&T の飛行中電話サービスを3月31日までに打ち切ることにしていると同航空社の広報担当者が水曜日に述べた…主に国際線を飛行するボーイング777型機とボーイング767-300型機乗客には飛行中電話サービスを提供することにしている。」

 

当時、私はこの発表はボーイング航空機は767型機と777型機を除いて2002年3月31日まで飛行中電話サービスがあることを意味すると受け取った。

 

第三に、Morganと Henshallによって引用されたアメリカン航空の代表の発表を読み直して、私にはそれらが現在時制で説明されており、アメリカン航空の757型機に機内電話が「ない」と述べているに過ぎないことが分かったことである。この発表には、この発表がなされた時点(2004年)では機内電話がなかったが、さかのぼって2001年にはあった可能性が残されていたのである。

 

私はおそらく間違っていたであろうとの結論に至り、「Barbara Olsonのアメリカン航空77便からなされたと言われている通話:機内電話に関する訂正」と題した撤回を示す記事を書き、2007年5月7日に投稿した。アメリカン航空757型機には機内電話はなかったという私の以前の主張は「いずれにせよ高い確率で間違って」いたと述べ、私はその小論を以下のように書いて締めくくった:

 

「この短い小論において、特に大きな重要性を持つ事項について、自分が間違い犯したことが分かった場合にするべきことであると、常に私が人々に言い続けてきたことを私は実践しようと試みた:間違いを直ちに、率直に、隠さず訂正するのである。私は今やNIST、Popular Mechanics、911委員会は彼らの報告書において指摘されている多くの間違いを訂正することになろうと思う。」85

 

撤回の撤回:
この2つの文章のうちの2つ目は皮肉で書かれたものではあったが、私は間違いを訂正することの重要性に関しては全く真剣であった。6週間後、この同じ考え方により私は自分の撤回を撤回することになった。これは3つの新しい情報によるものである:第一に、私は以下のように述べる2004年のニュース報道について知ったからである:「数年前、アメリカン航空は同社の多くの航空機に座席後部電話を取り付けた…しかし一部の国際線のボーイング777型機と767型機を除いて取り外した。」86 1998年にアメリカン航空の757型機に機内電話があったという事実は、だからということで、2001年にも同機に依然としてあったということを必ずしも意味しないのである。

 

第二の新しい情報は、Pilots for 9/11 TruthのRob Balsamo によって提供された、2001年1月28日の日付のついたAircraft Maintenance Manual(航空機保守管理マニュアル) (757 AMM)のあるページであった。このページの最初の文章には以下のように明言している:「乗客電話システムはECO FO878により無効化されていた。」このページはつまり、2001年1月28日までに、アメリカン航空757型機の乗客電話システムは既に無効化されていたことを示しているのである。87

 

この情報は2002年2月6日の、767型機と777型機を除いて、アメリカン航空は「AT&Tの飛行中電話サービスを3月31日までに打ち切る」ことになっていたと述べたニュース報道と関連がある。この報道に関しては私が以前は気付かなかった2つの事項がある。第一に、その報道はこのサービスが(767型機と777型機を除いて)打ち切られることになったことを単に述べたものに過ぎないことである。その日までに打ち切られることになったと述べることは、アメリカン航空の全航空機でその日まで継続して使用されることを必然的に意味するものではない。第二に、この報道は具体的に757型機について言及したものではなく、必ずしもアメリカン航空の757型機に打ち切られることになった飛行中電話サービスがあったことを示したものではなかったことである。言い換えればこのニュース報道は、(767型機と777型機に加えて)一部のアメリカン航空機は3月31日まで飛行中電話サービスを継続するかも知れないが、757型機のこのサービスは既に打ち切られていたという考えと調和するのである。そしてこれがまさしく757 AAMのページが示していたことであった。つまり、アメリカン航空の757型機の電話は2001年の1月までに既に無効化されていたのである。

 

第三の新しい情報は、これもまたBalsamoから学んだことであるが、別のアメリカン航空の代表がアメリカン航空の757型機の電話の欠如について発表していたことである。この発表は、ドイツの政治に関するフォーラムに出ていたものであるが、以下のように述べるアメリカン航空への手紙によって喚起されたものであった:

 

「あなた方のホームページでは…ボーイング757型機には座席後部の衛星電話がないと述べられています。この情報は正確ですか。ボーイング757型機には…2001年9月11日に…座席後部の衛星電話はなかったのですか。」

 

返信には「アメリカン航空、顧客担当、Chad W. Kinder」とサインされ、以下のように記載されていた:

 

「その情報は正確です;私共のボーイング757型機には電話はありません。77便の乗客はテロリストの攻撃の間、ご自身の個人的な携帯電話を使用し、通話したのです。」88

 

この伝えられた意見交換の信憑性を確認した後、89 Balsamo と私は「Barbara Olsonに一連の通話が可能であったのか。機内電話に関する新しい証拠の分析」と題した記事を共同で書いた。「『間違い』の訂正」と題されたセクションにおいて、私の– 77便には機内電話はなかったであろうという–77便に関する主張はおそらく間違っていたとの結論に私が至った理由を私達は論じた。

 

このセクションの後に「訂正の訂正」という題のセクションが続き、そこで私達は上述の「アメリカン航空77便に機内電話はなかったという主張を裏付ける新しい証拠」を説明した。私達はそしてまたBarbara Olsonがかけたと言われている夫への通話に関する– それらは起きなかったという –結論はMoussaoui の裁判でのFBIの報告書によって裏付けられていたとも述べた。(この報告書は77便には機内電話はなかったという私達の主張を裏付けてはいなかったが)90 私達は2001年9月11日にアメリカン航空757型機に稼動する機内電話がなかった「証拠があるとはまだ言えない」と記したものの、私達は私達の証拠を「極めて強固」と呼んだ。

 

この記事は2007年6月26日に(Pilots for Truthのページに)投稿された。こうして、77便にはおそらく機内電話があったであろうと述べた私の撤回表明は、私が「アメリカン航空77便からBarbara Olsonがかけたと言われている通話:機内電話に関する訂正」を投稿した – 2007年5月7日から2007年6月26日の間の6週間のみ私の公式見解として存在したのであった。

 

私がその撤回表明を撤回したという事実も、2007年8月に出版された「改訂最新版」と名付けられたDebunking 9/11 Debunkingの第二版にははっきりと記された。まぎれもなく、この新しい版を出版した主な理由は、Balsamoと共に書いた記事に含まれた新しい情報を用いて、航空機からなされたと言われている通話に関する議論を最新のものにすることであった。加えてこの最新版では、(Tom Burnettがかけたと言われているものも含めて)高高度での携帯電話による通話を確定することが出来ていないMoussaoui の裁判でのFBIの報告書について論じながら、91 第一版でなされたアメリカン航空77便には機内電話がなかったという主張の初めの撤回の理由、そしてこの撤回表明を撤回した理由もまた私は説明した。この第二版全体のページ数は第一版と同じであらねばならなかったため – 私にはこれらの理由を詳細に説明する充分な紙幅はなかったが、私は読者により詳しくはBalsamoと共に書いた記事を参照するよう記した。92

 

最終的に2009年10月に、私は「911に関する公式説明が擁護出来ないことを示す新しい証拠」と題した記事を発表し、その中で主としてかけられたと言われている通話に関する新しい情報により、私は[Debunking 9/11 Debunkingの]改訂最新版を出す必要があったことを説明した。93

 

これら全てを照らし合わせると、私が2007年からアメリカン航空の757型機には機内電話があったことに同意していると主張する人がいることを知って私が驚くことは、許されるのではないだろうか。94

 

77便には機内電話があったのか

 

これまでこのセクションにおいて、私はアメリカン航空77便に機内電話があったのかどうかという疑問についての私自身の考えが進展したという事実とその理由を単に論じただけである。しかしながら重要な疑問は、全体として見て、関連する証拠が高い確実性で77便に機内電話があった、あるいはなかったという見解の裏付けとなるかどうかということである。私の見るところ、関連する証拠は後者の推定を裏付けるものである。最も重要な証拠は以下の4つの事項からなる:

 

アメリカン航空のボーイング757型機には機内電話はなかったという同社の様々な代表の発表のうち、最も重要なものは「2001年9月11日に[アメリカン航空の]ボーイング757型機に座席後部の衛星電話」はなかったということは事実であるか否かという疑問への返信として、Chad Kinderが以下のように述べたものである:「その情報は正確です;私共のボーイング757型機には電話はありません。77便の乗客はテロリストの攻撃の間、ご自身の個人的な携帯電話を使用し、通話したのです。」95

 

2001年1月28日の日付のある、ボーイング757型機の保守管理マニュアル (757 AMM)のものと称されるページは以下のように明言している:「乗客電話システムはECO [技術変更指示] FO878により無効化されていた。」96  この電話は物理的には2002年に取り外されたのであるが、この文書はそれらが2001年9月11日のおよそ8ヶ月前に無効化されており、使用不可能となっていたと述べているのである。このページの信憑性は、匿名を望んでいるが、Pilots for 9/11 TruthのRob Balsamoが知っている一人のアメリカン航空の従業員により保証されている。

 

以下はアメリカン航空広報代表John Hotardの発表である:「757型機の座席後部電話システムを無効化する技術変更指示はその時点 [2001年9月11日]までには出されていました。」この発表に続いて、Hotardは911の後のアメリカン航空の757型機の座席後部の電話を示す写真は、この理由のため、何かを証明するものではないと強調した:「私達は2つのことを行いました:電話の接続を切る/無効にする技術変更指示を出したのです。しかし航空機が…全面的な整備点検に入るまで、電話が物理的に取り除かれることはありませんでした。」97

 

以下の発表は1993年から2005年に退職するまで機長としてボーイング757型機(767型機も)を操縦した経験のあるRalph Kolstad機長によるものである:「『機内電話』と呼ばれるものは、…2001年の初頭か中盤に無効化されていました。それらは2001年9月のある程度前に無効化されていたのです。」この発表に関する疑問に答えて、彼はさらに述べた:「私には証拠はありませんが、2001年9月のかなり前に757型機では電話の接続が切られていたことは絶対に間違いありません。それらは航空機には依然として取り付けられてはいましたが、稼動してはいなかったのです。」98

 

これら4つの互いに裏付けし合う証拠が全く異なる情報源から来ているという事実を考慮すると、これらは2001年にアメリカン航空の757型機、即ちアメリカン航空77便には、稼動する機内電話はなかったという見解を裏付ける極めて強固な証拠を提供することになる。

 

これと反対の見解には以下の裏付けがあると考えられる:
• 77便から機内電話での通話がなされたというFBIによる主張:Barbara Olsonからのつながらなかった電話が1回;Renee Mayからのつながった電話が1回(つながらなかった電話も1回);未判明の人物から未判明の番号へのつながった電話が4回;未判明の人物から未判明の番号へのつながらなかった電話が1回。99

 

• 以下のように述べるアメリカン航空の広報担当者の発言を引用した、前述の2002年2月6日のCNET Newsの報道:「アメリカン航空は同社のAT&T飛行中電話サービスを3月31日までに打ち切ることになります。」100

 

• 仮名AMTMANを使用する人物により提供された、757型機の電話回線ブレーカーとトグルスイッチを無効化するアメリカン航空のECO(技術変更指令)と称される、2002年3月13日の日付のある文書。101

 

しかしながら、これらの証拠はいずれも、強固なものではない:
• FBIには公式説明の裏付けとなる証拠を集める主な責任があったという事実を考慮すると、公式説明を裏付けるFBI自身の証言が正確であると簡単に想定することは、特にこの証言が信憑性の高い、一般に参照可能な文書によって裏付けられていないため、出来ない。

 

• 2002年2月6日のCNET News報道によって提供された証拠は、先に指摘された理由により弱い:報道は単にアメリカン航空の全電話サービスは、767型機と777型機を除いて、「3月31日までに」打ち切られることを述べているに過ぎない。それは全電話サービスがその日まで継続されることを述べているものではなく、また具体的に757型機については何も述べていない。そのため、アメリカン航空の757型機の電話サービスは2002年3月31日のかなり前に打ち切られていたことを示す証拠と両立するものである。

 

2002年3月13日の日付のあるアメリカン航空のECO(技術変更指令)と称される文書は、Griffin-Balsamoの共著記事の発表の後になって、仮名“AMTMAN”を用いる匿名の人物によって提供されたものであり、それには電話システムが2001年1月28日の前に無効化されていたことを明言する、明らかにボーイング757型機のAMMのページからの引用が含まれていた。彼のアメリカン航空の従業員であるという主張が確認出来るように、BalsamoがAMTMANに実際の身元を明らかにするよう尋ねた時、彼は行方をくらませた。この文書は、このため、その信頼性が匿名である人物によってのみ支持されているという意味において、757 AMMからのものと称されるページと同じ類のものである。しかしながら、それらは極めて重要な点で異なっている:AMMのページと称されるものは顧客サービス代表Chad Kinder、パイロットRalph Kolstad、広報代表John Hotardの証言と一致するのに対し、AMYMANによって提供されたECOと称されるものは、アメリカン航空のかつてのまた現在の従業員全ての証言と矛盾しているのである。

 

私達の共著記事の最後に、Balsamoと私は以下のように書いた:「[稼動する機内]電話がなかったことを示す証拠は極めて強固であると私達は信じるが、具体的証拠があるとは私達はまだ言えない;それとは反対の証拠が依然として出現するかも知れない。」この同じ表現を今日繰り返しながら、John Hotardと Ralph Kolstadによる新しい発表並びにこの数年間それとは反対の証拠が出現していないという事実を考慮して、私は機内電話がなかった証拠はさらに強固になっていると付け加えたいと思う。従って、Barbara Olsonが77便から通話することは不可能であったことを示す証拠は極めて強固であることになる。

 

4.2006年のFBIの報告書はTed Olsonの証言を裏付けていたのか

 

アメリカン航空77便に機内電話があったのかという疑問は、主としてBarbara Olsonからかけられたと言われている通話の信憑性に関する疑問にとって重要である。しかしながら、現在検証可能な証拠が示していることに反して、77便に機内電話があったことが判明するとしても、その事実がそれ自体で報じられたOlsonの通話に関する疑問を解決することはない。なぜならOlsonの通話の信憑性を疑う他の理由があるからである。そうした理由の一つは、Ted Olsonの – その朝彼は妻から2回電話を受け取り、それぞれ1分かそれ以上続いたという – 説明がMoussaouiの裁判での航空機からの通話に関するFBIの報告書によって土台を崩されたということである。あるいは少なくとも私はそのようにFifth Estateインタヴューで、いくつかの私の記事においてと同様、主張した。このセクションにおいて、私はこの主張に対してなされた反論に返答するものである。

 

私の主張の基本的な根拠はTed Olsonの証言と77便からの通話に関するFBIの報告書の間の著しい食い違いである。Olsonの証言によれば、その朝彼は妻から2回電話を受け取ったという。最初の通話は、「約1分間続いた」と彼はFBIに伝えた。その後数分後に、彼はまた彼女から電話を受け取り、その間、彼らは「2分か3分か4分間話した」と後にLarry Kingに語った。103 Moussaouiの裁判でのFBIの報告書は、対照的に、Barbara Olsonは1回電話を試みたが、それは「つながらず」(そのため)「0秒」しか続かなかったという。104 この報告書がTed Olsonの説明の土台を崩さないと考える人などいるのであろうか。

 

この疑問に対する答えは、驚くべきことに、いるというものである。なぜなら一部の人はTed Olsonの説明とFBIの報告書は互いに矛盾していないと提言しているからである。彼らの提言は全て、アメリカン航空77便の電話に関するFBIの報告書はBarbara Olsonからつながらなかった電話が1回、Renee Mayから電話が2回 – 1回はつながらず、1回はつながった – あったことを示しながら、さらにまたこの便からは二重に未判明の:「未判明の送信者」から「未判明の電話番号」に対してそれぞれなされていた電話が5回あったことも示していたという事実をめぐって展開している。報告書はまた5回の電話のうち4回がつながっていたことも記載していた。105

 

Moussaoui の裁判でのFBIの電話に関する報告書と77便から妻が2回電話をしてきたというTed Olsonによりなされた主張を調和させようとする一つの試みは、このFBIの報告書はOlsonの説明を確認することが目的であり、未判明の電話番号に対するつながった4回の電話は全て、Barbara Olsonから夫のオフィスにかけた電話であったと主張することで、彼の説明の確認はうまく出来ていたというものである。報告書と主張を調和させる2つ目の試みは、4回のつながった電話のうち2回が彼女からのものであったと示唆するものである。私はまずこの4回の通話仮説を見ていき、次に2回の通話仮説を見ていくことにする。

 

4回の通話仮説に信憑性はあるのか

 

この4回の通話仮説が説得力を持つには、2つの条件が満たされる必要がある。第一の条件は、FBIがMoussaouiの裁判での電話に関する報告書を提示する際、未判明の電話番号に対する4回の通話はBarbara Olsonによりなされたという仮説を、少なくとも間接的に、示す必要があったというものである。第二の条件は、この4回の通話仮説が2006年のFBIの報告書とOlsonの説明を調和させることが出来るには、この仮説に信憑性がある必要があるというものである。私はこれら二つの疑問を後者から順に見ていくことにする。

 

911委員会報告書の第一章における、報じられたBarbara Olsonからの通話に関する発表を見てみる。

 

「9時16分から9時26分の間のある時点において、Barbara Olsonはアメリカ合衆国訟務長官であった、夫Ted Olsonに電話をかけた…会話が始まって約1分後に、通話は切れた…最初の電話の直後に、Barbara Olson再び夫に電話をし、つながった。彼女はパイロットがその便がハイジャックされたことを発表したと伝えた。」106

 

この考察は一連の通話の信憑性を疑問視する理由はなかったことを示していた。唯一の何か問題視される可能性のある点は、誰も正確には、おおよそであっても、いつ彼女からの最初の通話があったのか確定出来なかったという明白な事実であった。間違いなく、Ted Olson自身と誰であれ彼のオフィスで彼に電話をつないだ人物には、いつこの衝撃的で忘れられない電話を受け取ったのかについてのかなり正確な記憶 – 少なくとも「9時16分から9時26分」というような10分の幅よりも、より正確な記憶があったであろう。ではなぜ、いつこの報告されている電話があったのか、より正確に確定出来なかったのであろう。

 

しばしばあることであるが、書物中の文章の記述により生じた謎は、言うまでもなく、関連した注釈を見ることで解決可能となる。しかしながら、このパラグラフの巻末注を見ると、以下の説明を見出すのである。

 

「77便からの通話に関する入手可能な記録による、『未判明の番号につながった』4回の電話のうちどれがBarbara と Ted Olsonの間の通2回の通話を示していたのかの確定は出来ていないが、FBIと司法省は4回の通話は全てBarbara Olson と夫のオフィスの間のコミュニケーションを示していると信じている。…この4回の通話は9時15分34秒に1分42秒、9時20分15秒に4分34秒、9時25分48秒に2分34秒、9時30分56秒に4分20秒、続いていた。」107

 

つまり、私達は明らかにわずか2つの情報源しかなかったことを知るのである:オフィスにいた人物からの純粋に口頭での報告(いかなるメモ、記録によっても裏付けられていない)。これがBarbara Olsonからの2回の通話の説明を提供している;そして「77便からの通話に関する入手可能な記録」。これはBarbara Olsonがいかなる電話であれ、電話したことを示す証拠を提供してはいない。司法省とFBIは、未判明の電話番号にかけられつながった通話のうちの2回、もしくは4回の通話全てが彼女によってなされたことを単に「信じている」だけなのである。

 

この説明が暗示していると考えられるもう一つのことは、司法省にはBarbara Olsonあるいはアメリカン航空77便からのいかなる通話であれ、その受け取りを示す電話の記録がなかったということである。– 実際には、報告されている77便から未判明の電話番号に対してかけられ、つながったという通話のうちのいずれのものであれ、呼応する時間に受け取られた通話を示す電話記録が、司法省にはないである。この事実が、2つの情報源により報告された通話を相互に関連付けようとする試みの土台を崩すことにならないだろうか。

 

いずれにせよ、この「FBIと司法省が信じている」ことに関する説明が、実際に司法省の(2004年5月の)以下のブリーフィングに反映されたのであった:

 

「未判明の通話」に関しては直接的証拠はなかったが、電話を受け取った人物(特に911当日Ted Olsonのオフィスで電話に出たLori Keyton)に対するインタヴュー、加えて77便の他の乗客の家族へのインタヴューにより、一連の未判明の電話は全て、Barbara Olsonから夫Tedのオフィスに対してなされたものであったとの結論に導かれた。」108

 

しかしながら疑問は、この「結論」にわずかであれ、信憑性があるのかということである。この疑問に答えるには、電話を受け取ったと報じられている2人の人物に対するインタヴューのFBIの報告書を調べることが有益であろう:その2人の人物とは、Ted Olsonと司法省長官Lori Keytonである。

 

(その朝Olsonのオフィスで働いており、「電話に対応」していた)Keytonの証言のFBIの要約によれば、彼女はおよそ午前9時00分頃、6つから8つの自動コレクトコールを受け取ったが、何もなされなかったという。次に彼女は「Barbara Olsen [原文ママ] から Ted Olsen [原文ママ]への緊急コレクトコール」を伝える「中継交換手からのコレクトコールを受け取った」。Keytonはそのコレクトコールを認め、Barbara Olsonの電話をTedにつなげたという。FBIの要約は次のように述べる:

 

「数分から5分後に2回目の電話があった。今度は彼女が応じた時Barbara Olsen [原文ママ]が電話に出た。彼女は直接電話していた。コレクトコールではなかった。…Keytonは言った。…『つなぎましょう。』Keytonは自分が使用していた電話には発信者番号通知ディスプレーはなかったと伝えた。KeytonにはBarbara Olsonが機内電話を使用していたのか、それとも自分の携帯電話を使用していたのか、分からなかった。」109

 

この要約には注目に値する特徴が含まれている。その一つは、どのような種類の電話を妻が使用したのかに関するTed Olsonの幾分混乱した推測は、いずれの通話もコレクトコールでなされた(彼はHannity & Colmes で、彼女がコレクトコールで電話したという事実を考慮すると、彼女は自分のクレジットカードを利用出来なかったため、彼女は「機内電話」を使用したに違いないと語った[参照 注17] )という考えに依拠しているのに対し、電話を受け取ったと報じられているLori Keytonは、そのうちの一つは直接の電話であったと述べたという事実である。しかしながら、私達の現在の目的として重要な点は、Keytonの証言の要約は上に引用されたことばで締めくくられていたということである。Barbara Olsonからのさらなる通話を示す手掛りは示されてなかったのである。

 

これはTed Olson自身に対するインタヴューのFBIの要約についても当てはまることである。その要約によれば、Olsonは、彼がテレビ – 「WTCに衝突する二機目の航空機の再生映像」 – を見ていてBarbaraが電話をかけてきたと知らされた後に、「妻からの電話に出て、約1分間話し」、その後電話は「切れた」と述べたという。この電話について司法省司令部に伝えた後、彼は妻が再び電話してきたと知らされ、彼らがいくつかの事項について話した後、「電話は切れた」という。FBIのTed Olsonの証言の要約は以下のように述べて締めくくっている:

 

「Olsen [原文ママ]はテレビに戻り、ペンタゴンの衝突について知った。…Olsenは通話が彼女の携帯電話からなされたのか機内電話からなされたのか分からない。彼女はいつも携帯電話を携帯している。」110

 

これら2つのインタヴューの要約を照らし合わせて、どうして私達には4回の「未判明の電話番号に対するつながった電話」が「Barbara Olsonから夫Tedのオフィスに対するものであった」と想定可能となるのであろう。

 

私達は、Lori Keytonと Ted Olsonによって報告されたこの2つの通話が、未判明の電話番号に対するつながった電話の初めの2つであった信憑性は、確かにあると言えるだろう。なぜならそれらの通話の時刻と継続時間– 9時15分34秒に1分42秒;9時20分15秒に4分34秒– がうまくKeytonとOlsonの報告と一致しているからである。

 

しかし報告されている9時25分48秒に始まり2分34秒間続いたという3回目の通話について、報告されている9時30分56秒に始まり4分20秒間続いたという4回目の通話について、私達はどのように想定すればよいのであろうか。Keyton はそれらの電話を受け取り、solicitor generalにつなげたが、二人ともFBIにインタヴューされていた間、合計でほとんど7分間続いたであろうその2つの電話について言及しなかったと私達は想定するのであろうか。この考えはあまりに非現実的過ぎて考慮するに値しない。

 

それではどのようにして、これらの最後の2回の通話が「Barbara Olsonから夫Tedのオフィスに対して」のものであったと想定すればよいのであろうか。オフィスの誰かが – Lori Keytonから電話対応の仕事を引き継いだ、おそらくTed Olsonの個人的秘書であったHelen Vossか誰かが –これらの2回の通話を受け取り、Tedにつなぐ代わりに、7分間程Barbaraの電話に出て、彼らにこれらの通話について報告しなかったと私達は想像出来るのであろうか。再び、この考えもあまりに非合理過ぎて考慮するに値しない。

 

従って、未判明の電話番号に対する4回のつながった通話の全てが実際にBarbara OlsonからTed Olsonのオフィスに対してのものであったという仮説は全く信憑性が低いのである。そのためこれは、Moussaouiの裁判でのFBIの報告書がTed OlsonのBarbara Olsonから2回通話を受け取ったという報告の土台を崩すことになるという結論を緩和する上で何の役にも立たない。

 

それでもなお、私の見解を批評する一部の批評家は、この4回の通話仮説に信憑性があるかどうかという疑問からは目を背け、これはMoussaouiの裁判で提出した77便に関するFBIの報告書と妻から2回電話を受け取ったというTed Olsonの主張が事実上矛盾していたという私の主張の欺瞞を示すものであると主張している。この主張はFBIが2006年のMoussaouiの裁判で通話に関する報告書を提出する際、4回の通話仮説を提示していたとの想定に依拠したものである。

 

FBIのMoussaouiの裁判での報告書は、間接的にであれ、4回の通話仮説を提示していたのだろうか。
以前の記事において、FBIのMoussaoui 裁判での77便に関する図表を引用した後に – これはBarbara Olsonは1回だけ電話をかけ、それは「つながらず」、(そのため)「0秒」しか続かなかったと述べるものであった – 私は以下のように書いた:

 

「このため、FBIによれば、Ted Olsonは携帯電話を使用していたのであれ機内電話を使用していたのであれ、妻からの唯一の電話を受け取らなかったことになる。これは驚くべき進展である:FBIは司法省の一部である、にもかかわらずその報告書が、司法省の元アメリカ合衆国訟務長官による911当日に妻から2回電話を受け取ったという広く報じられている主張の土台を崩すのである。」111

 

一人の批評家が、この記述を引用して、以下のように書いた:「そう。FBIは司法省の一部である。そしてMoussaouiの裁判の2年前に全ての情報を彼らは知っており、司法省はOlsonの話を確認していた。DRG(David Ray Griffin)はFBIの報告書がOlsonの妻から2回電話を受け取ったという主張の『土台を崩す』と主張する。」

 

こうして、上に引用した2004年5月20日の – このブリーフィングのための検証は「アメリカ司法省のZacarias Moussaouiに対する刑事訴訟を擁護するために実施された」と述べられた – 司法省のブリーフィングに言及しながら、この批評家は「この文書はむしろ反対のことを証明していると考えられる」と述べるのである。112 

 

この批評家の主張は、この2004年のブリーフィングのための検証がFBIによって司法省の刑事訴訟を擁護するために実施されたという事実、加えてこのブリーフィングではインタヴューにより「[未判明のつながった]通話は全てBarbara Olsonから夫Tedのオフィスへのものであったという結論が導かれた」と述べられたという事実を踏まえて、FBIのMoussaouiの裁判での報告書は、Ted Olsonの話の土台を崩すどころか、その話を「確認する」ものであったというものである。しかしながら、この主張には2つの問題がある。

 

第一に、2004年の「結論」が – つまり、未判明の電話番号への4回のつながった通話の全てがBarbara Olsonから夫のオフィスへのものであったという「結論」が – Olsonの説明を「確認する」役割を果たすには、その結論に信憑性がなければならないことである。しかし、私達は見てきたように、そうではないのであり、そのためこの「結論」は何ものも確認出来ないのである。

 

第二の問題は、2006年のMoussaouiの裁判でのFBIの報告書は、未判明の電話番号への4回のつながった通話は全てBarbara Olsonによってなされたものであったという司法省-FBIの「結論」についての2004年の発表を繰り返したものではなかったことである。2004年の司法省のブリーフィングが「司法省のZacarias Moussaouiに対する刑事訴訟を擁護するために実施された」検証を反映していたという単なる事実から、そのブリーフィングでは明確には確認されなかった内容をFBIが2006年に再確認する意図があったと推論することは有効ではない。113 2年の間には多くのことが発生する。また、裁判所であきらかに防御不可能な陳述をなすことは、プレスブリーフィングでそのような発表をするよりもはるかに深刻なことである。

 

このため、Moussaouiの裁判でのFBIの報告書に関して私達に言えることは、Ted Olsonの話に関する限り、その報告書はBarbara Olsonが1回電話を試みたことだけを示しているということであり、この試みた電話はつながらなかったということであり、この電話は「0秒」続いたということ、これだけである。この報告書はそれ自体で、妻がアメリカン航空77便から2回電話をしてきて、それぞれの通話で彼にハイジャックに関する情報を話したというTed Olsonの説明の土台を明白に崩したのである。私達にはこの報告書を提出した人々にOlsonの証言の土台を崩す意図があったとは言えないが、また彼らにそうした意図がなかったとも私達には言えないのである。私達に言えることは、まぎれもなく、この報告書が彼の証言の土台を崩したということである。

 

より問題の少ない仮説としての2回の通話仮説

 

一部の批評家は、未判明の電話番号への4回の通話の全てがBarbara Olsonから夫のオフィスへのものであったという仮説の不合理を認め、2回の通話仮説を提唱している。そのうちの一人は以下のように書いた:

 

「FBIの77便に関する報告書はまた特定不可能であった複数の電話のことも記載している。FBIは圧力を受ければ、Barbara OlsonのTedへの電話はこれらの未特定の電話のうちの2つであったという可能性がある。」114

 

この仮説によれば、未判明の電話番号への電話のうち2つだけがBarbara Olsonによるものであり– これらがLori Keytonと Ted Olsonによって伝えられた2つの通話であったということになり、この仮説は確かに4回の通話仮説ほど明らさまに誤ってはいない。実際、一見したところ、これは有望な仮説と考えられる。なぜなら最初の2回の未判明の電話の時刻と継続時間が、Olsonが受け取った2回の電話の説明とおおよそ一致するからである。

 

私達が前に見たように、未判明の電話番号へのつながった最初の電話は報告されるところによれば、9時15分34秒にあったという。一方Olsonのオフィスへの最初の電話は「9時16分から9時26分の間に」あったという。 これらの時刻では一見したところ問題が生じる。なぜなら未判明の電話番号への最初のつながった電話が、911委員会によってBarbara Olsonからの最初の電話がTed Olsonのオフィスで受け取られたといわれる、26秒前に発生したことになるからである。しかしながら、人的誤差を考慮して、時刻は充分対応していると主張する人がいても良いだろう。

 

もう一つの表面上の問題は、報告された通話の継続時間があまりに異なっておれば同じ通話を示しているとは考えられない可能性があるということである:最初の未判明の通話は102秒間(1分42秒)続いたと報告されていた。一方Ted OlsonはFBIに911当日、その通話は「約1分続いた」と述べた。しかしながら、数日後OlsonがLarry Kingにインタヴューを受けた時、彼は最初の通話のことを以下のように語った:「私達は1分か2分話しました。そして電話は切れました。」115 充分な時間の一致があるため、未判明の電話番号への最初の77便からのつながった電話とTed Olsonのオフィスによって伝えられたBarbara Olsonからの最初の電話が同一であった可能性は高い。

 

これらの情報源によって伝えられた2回目の通話にも同じことが言える。アメリカン航空の記録によれば、77便からの2回目の通話は9時20分15秒に始まったという。一方 Lori Keytonは Barbara Olsonからの2回目の通話は最初の通話の「2、3分から5分後」に届いたと伝えた。(つまりもし最初の通話が9時15分34秒にあったのであれば、9時20分15秒の2回目の通話は5分よりわずかに短い時間の後にあったことになる。)また、一方未判明の2回目の通話は4分34秒間(274秒)続いていたが、Ted Olson はLarry Kingに彼と妻は2回目の通話で「さらに2分か3分か4分」間話したと語った。116 – つまり、ここでも再び、これは大差なかったと主張出来るのである。

 

従って、報告されている未判明の電話番号への最初の2回の通話と、報じられているBarbara Olsonからかかってきた2回の通話とを同一のものであるとみなすことは、合理的であると考えられるであろう。しかしながら、もしこれが911委員会が意図していたことであるのであれば、委員会が最初の通話は「9時16分から9時26分の間に」あったと明記しており、9時15分34秒に始まったと記載されている未判明の最初の通話が、Olsonからの最初の通話であった可能性を排除しているように見えることは、不可解なことである。

 

この見解の支持者は、Olsonの通話を、それぞれ9時20分15秒と9時25分48秒に始まったと記載されている未判明の電話番号への2回目と3回目の通話と同一視することで、この問題を調整することが可能なのであろうか。それらの通話の間の時間 – 約5分半 – はOlsonのオフィスによって提供された報告とかなり一致する。しかし2回目の未判明の通話の継続時間 – 4分半以上 – は、OlsonがFBIに伝えた妻からの最初の通話の継続時間の推定 – 「約1分」 – あるいは彼がLarry Kingに伝えた推定 – 1分か2分 – と一致しない。このためこの調整の試みはうまく機能しないことになる。

 

他の可能性はOlsonの2回の通話を77便からの未判明の電話番号への3回目と4回目の通話と同一視するものである。しかしこの可能性は2つの事実により排除されると考えられる:一つは、3回目の通話は2分半以上続いており、OlsonがFBIに約1分続いたと推定して伝えるには長く過ぎることである。そしてもう一つは、9時25分48秒というその通話の開始時刻は遅すぎて、その朝のTed Olsonのオフィスでの出来事の様々な説明によって示される時系列と一致しないと考えられるからである。例えば、Olsonと彼の秘書であったHelen Vossは両人共、最初の通話の後に、Olsonが司法省の司令部に電話をし、ある人物を – Vossは警備担当官と特定した – 彼のオフィスに送ってくれるよう求めたと、伝えた。117 この警備担当官、Allen Ferberは、この電話は「午前9時00分頃」あったと述べた。118 もしこの通話が9時26分までなければ、間違いなく彼にはこの推定は出来なかったことになる。

 

こうして、FBIの通話に関する報告書とTed Olsonの説明を両立させて説明する最も信憑性の高い方法は、伝えられている彼の妻からの通話と最初の2つの未判明の電話番号へのつながった通話とを同一視することになると考えられる。

 

2回の通話仮説が直面する問題

 

しかしながら、2つの通話仮説のこの説明は4つの通話仮説ほどあからさまに誤りではないが、一方で依然として深刻な問題に見舞われている。

 

最初の通話の時刻:既に論じられた一つの問題は、911委員会によれば、最初の通話は9時16分のしばらく後にあったとされるが、77便から未判明の電話番号への最初の通話はそれよりも早い‐9時15分34秒に始まった、ということである。なぜこの矛盾によって報告されているこの2つの通話の同一視が除外されないのかについては何がしの説明が必要であろう。そのような説明があってもしかるべきであろうが、しかしながら、この最初の問題は以下の問題よりは深刻なものではない。

 

一連の通話:Olsonの電話を受け取った、Lori Keytonによれば、Barbara Olsonからの最初の通話はオペレーターを通じてなされたコレクトコールであったが、二回目の通話は異なっていたという:「今度は彼女が答えた時Barbara Olsen [原文ママ]が電話に出た。彼女は直接電話していた。それはコレクトコールではなかった。」119 もし私達がこれらの2つの通話を、報告されている77便からかけられ、未判明の電話番号へのつながった最初の2つの通話であったとみなし、そこにMoussaouiの裁判でのFBIの報告書において提示されたBarbara Olsonの図表に示されていた9時18分58秒のつながらなかった直接の電話を加えるのであれば、私達はBarbara Olsonは3回通話の試みをなしたと言わねばならない:1回目が9時15分34秒のオペレーターを通じての成功したコレクトコール;2回目が、クレジットカードの使用によりのみ稼動可能であった、機内電話を使用しての9時18分58秒の成功しなかった(つながらなかった)直接の電話;それから3回目が9時20分15秒の成功した直接の電話である。

 

これはいくつかの疑問を生起させる:まず第一に、もしBarbara Olsonが(Ted Olsonの推測とは反して)クレジットカードを持っており、機内電話を使用可能であったのであれば、彼女は自分で夫のオフィスに直接電話をかけることが可能であったことを知っていたのに、なぜ彼女は初めにオペレーターを利用して、コレクトコールをかけたのかという疑問である。‐これはクレジットカードが必要であることに加えて、余計な時間を必要とする手順である。第二に、オペレーターを通じてオフィスにうまくつながったのに、なぜ彼女は次に直接ダイヤルしようとしたのかという疑問である。第三に、そうして直接電話しようとしても機能しなかったことが分かりながら、なぜ彼女はうまく機能した、最初の方法に戻るのではなく、その方法を再び試みたのかという疑問である。

 

私達は、もちろん、彼女がこうした一連の電話をかけなかったと確実に言うことは出来ない。しかしこれらの疑問に答えることがおそらく不可能であることは、2回の通話仮説の疑わしい性質を増大させるのである。

 

なぜ2回のつながった通話は「未判明」であったのか。一人のコメンテーターが以下のように書いて、2回の通話仮説にとってさらに深刻な問題を明確にしている。

 

「FBIがBarbara Olsonから Ted Olsonへの通話をどれも確認していないことは極めて奇妙なことである。4回のつながった通話があったが、電話番号は未確認であり、通話者も未確認である。これはおかしい。彼らにBarbara Olsonから司法省へのつながらず、0秒しか続かなかった通話を確認出来たのであれば、なぜ実際につながり、数分間も長く続いた通話を確認出来なかったのであろうか。」120

 

こうした主張は、「極めて奇妙」とこの書き手により正しく述べられているが、あまりに奇妙であり、全く信じられないと考えられる。FBIはつながらなかった‐100分の1秒ですら続かなかった通話の電話番号を特定出来たというのに、なぜ彼らに、つながったことに加えて、それぞれ1.5分から4.5分以上続いた、2回の通話の電話番号を特定出来なかったのかに関して説得力ある説明をすることが出来る人がいるのであろうか。

 

この問題は、未判明の電話番号へのつながった通話のうちの2つがBarbara Olsonから司法省への通話であったという仮説に私達が焦点を合わせると、さらに深刻になる。この仮説によればこの未判明の電話番号は、報告されている彼女が試みて、つながらなかった電話がかけていた電話番号でもあったことになる。FBIにBarbara Olsonが9時18分58秒に司法省にかけてつながらなかったことを突き止めることが出来たのであれば、なぜ彼らに彼女が‐2回の通話仮説によれば‐9時15分34秒と9時20分15秒にかけたことになる電話が同じ司法省につながったことを突き止めることが出来なかったのであろう。

 

私の知る限りでは、未判明の電話番号へのつながった通話の中にBarbara Olson から司法省へかけられたものがあった‐とみなされるこの仮説の支持者は誰一人、この仮説のこうした奇妙に思える論理に対して説得力ある説明を提供していないのである。一人の支持者が以下のような説明を試みてはいる。

 

「クレジットカードを使用して、自分で払うのであれば、自分で番号をダイヤルするため、機内電話の記録が残ることになる。彼女は一度そうしたが、つながらなかった...そして一回の通話が記録され、機内電話からダイヤルした電話番号の記録が残る。他の数回の通話はコレクトコールでなされたため、機内電話を使用していた人物ではなくオペレーターがダイヤルしたが故に、かけられた電話番号は未判明である(機内電話からダイヤルしたのではない)。しかし機内電話が使用された時刻は判明しており、記録されている。」

 

この説明には2つの疑問がある。第一に、私達が既に見たように、Barbara Olsonがかけて夫が受け取ったと報じられた通話のうちわずかに1つのみがオペレーターを通じてなされたということである。もう一つの通話は、Lori Keytonが述べているが、直接の電話であった。第二に、オペレーターを通じたコレクトコールが記録を残さないというのは全く事実ではない。(記録なしに、どのようにして電話会社は通話料金を請求する通話者を知るのであろう。)つまりこの説明は想定可能な説明としてほとんど最悪である。

 

この二重に偽りの説明は、ある批評家が自身の中心的命題のために提起したのものであった。その命題とは以下である:「Olsonが述べるように通話が起こったことを証拠は示しており、そうではなかったことを示す証拠は存在しない。」しかし、この批評家の不成功に終わった試みが実証しているように、この疑問に対する説得力ある答えは存在しないという明白な事実により、そうではなかったことを示す充分な証拠が提供されている:システム上Barbara Olsonが司法省にかけてつながらなかった電話を突き止めることが出来たのに、なぜこの同じシステムは、彼女がかけてつながった2回の電話の通話者も受信者も特定出来なかったのであろう。この疑問に対して説得力ある説明が存在しないのであれば、これが彼女は77便からTed Olsonのオフィスへの2回の通話を達成していなかったことを示す充分な証拠である。

 

要約:この2回の通話仮説は4回の通話仮説ほどにはあからさまに誤りではないが、Moussaoui の裁判でのFBIの電話に関する報告書とTed Olsonの彼の妻がアメリカン航空77便で飛行中に妻から2回電話を受け取ったという主張とを調和させる方法とみなすには、依然として問題を孕んでいる。それ故に、私に理解可能な限りでは、私の主張‐FBIのMoussaouiの裁判での報告書が、Ted Olsonの彼の妻が77便から2回電話をしてきたという説明の土台を崩すという主張‐は有効である。

 

Ted Olsonの説明が誤りであったという結論は、彼がLori Keytonから彼に取り次がれた、アメリカン航空77便で飛行中のBarbara Olsonからのものであったと称される2回の電話を受け取らなかったということを必然的に意味するものではない。これは単に、Lori Keyton と Ted Olsonが実際には、77便のBarbara Olsonから2回の電話を受け取らなかったことを意味するのみである。何が実際に起きたのかは、別の疑問である。これはおそらくこの件への真の調査によって極めて迅速に答えが得られると考えられる。

 

結論
この小論は単に、911に対する公式説明の一局面における詳細な点、多くの場合は微細な点に焦点を当てたものではあるが、意味するところは甚大である。911の攻撃がal-Qaedaによって計画され、実行されたという一般に広まった前提なしには、アフガニスタンでの、またイラクでの戦争は可能ではなかった。特にアフガニスタンでの戦争に関しては、Michel Chossudovskyが最近、このアメリカ主導の戦争を支持するNATOの決定はアメリカ国務省のFrank Taylorによるブリーフィングに基付いてなされたという事実を強調している。そのブリーフィングにおいて、彼は911の攻撃に対するal-Qaedaの責任を示す決定的な証拠と呼ばれるものを提示したという。121 Frank Taylorのブリーフィングの内容は一般に公表されていないが、一般市民に対して提示された主要な証拠は、航空機に乗っていた乗客や客室乗務員からかけられ、受け取られたと報じられたハイジャックを描写する通話から成り立っている。しかし詳細な分析をすると、これらのあったと言われる通話は、戦争を正当化する物語の裏付けとなるには程遠く、全く異なった結論へと導くものである:これらのあったと言われる通話は捏造されたものであったということである。この分析は従って、アメリカ主導の戦争を正当化するために利用された911の全物語は嘘であることを示している。

 

もし公式の物語のどの部分が最も決定的に間違いであると見えるかと尋ねられれば、私はなされたと言われている通話ではなく、世界貿易センターの破壊であると言うものである。この件について公式説明はツインタワーとWTC7は前もって準備された爆発物の補助なしに崩壊したと述べる。このセオリーは物理学の基本法則の大規模な侵害を伴っているという事実を考慮すると、私が特にWTC7についての公式報告に対する一冊の本の長さにもなる批判において最近強調しているように、このセオリーに反する証拠は、適切に証拠と呼ばれて良い程に強固といえる。122

 

それでもなお、なされたと言われている通話の分析によって提起される公式説明に反対する証拠の重要性は軽視されるべきではない。もし公式の物語が間違いであるのであれば、全ての主要な局面が間違いであることを私達は想定せねばならない。‐これは、私が最近の著書において強調しているように、事実であると考えられる。123 戦争を正当化する911の公式説明に対する最も有力な反証を提供するのはこうした蓄積された論拠である。なされたと言われている航空機からの通話が捏造であったことを示す証拠はこうした蓄積された論拠の一つの重要な部分である。124

 

David Ray GriffinはClaremont神学校とClaremont大学院の名誉教授である。同名誉教授は The New Pearl Harbor - Disturbing Questions about the Bush Administration and 9/11 、 The 9/11 Commission Report: Omissions 、Distortions -- A Critique of the Kean-Zelikow Report as well as Osama Bin Laden: Dead or Alive? の著者である。

 

David Ray Griffin is a frequent contributor to Global Research.  Global Research Articles by David Ray Griffin

911における航空機からの通話 補足資料2

911における航空機からの通話 補足資料2

 

アメリカ合衆国訟務長官Theodore “Ted” Olsonは、911の直後にテレビ・新聞紙上において、ハイジャックされペンタゴンに衝突したとされるアメリカン航空77便に搭乗していた妻、Barbara Olsonが司法省のオフィスにかけてきた電話を2回受け取ったと述べています。

 

しかし、前回の記事で明らかなように、2006年の「20人目のハイジャック犯」Zacarias Moussaouiの裁判においてFBIが検察側資料として提出した報告には、Barbara Olsonが司法省にかけた電話はつながらなかった(UNCONNECTED)と記載されています。

 

この矛盾を緩和する説明として、Barbara Olsonが司法省にかけTheodore “Ted” Olsonが受け取ったという電話は、FBIが提出した資料においては、未判明の通話者が未判明の電話番号にかけた電話として記載されているという説明がなされています。

 

Unknowncalleraa77 

 

(この上の画像も前回の記事中の画像と同じく、アメリカ合衆国ヴァージニア州東部地区裁判所の公式ホームページ内のhttp://www.vaed.uscourts.gov/notablecases/moussaoui/exhibits/prosecution/flights/P200054.html
にて(2006年の「20人目のテロリスト」Zacarias Moussaoui の裁判の際の検察側証拠資料として)ダウンロード可能なAA77というタイトルの動画ファイルに含まれているものです。)

 

この説明によれば、画像中のUnknown Caller (未判明の通話者)がUNKNOWN NUMBER (未判明の電話番号)に9時15分34秒、9時20分15秒、9時25分48秒、9時30分56秒にかけた電話の中にBarbara Olsonがアメリカ合衆国訟務長官Theodore “Ted” Olsonにかけた電話は含まれているとされるのですが、これは詳細に検討するとあり得ないことが、次の記事「911における航空機からの通話」において詳述されています。

2013年9月 6日 (金)

Barbara Olsonがアメリカン航空77便から司法省にかけた電話はつながらなかった。(911における航空機からの通話 補足資料1)

以下の画像は、アメリカ合衆国ヴァージニア州東部地区裁判所の公式ホームページ内のhttp://www.vaed.uscourts.gov/notablecases/moussaoui/exhibits/prosecution/flights/P200054.html
にて(2006年の「20人目のテロリスト」Zacarias Moussaoui の裁判の際の検察側証拠資料として)ダウンロード可能な動画ファイルに含まれているものです。

 

はっきりとBarbara OlsonがDEPARTMENT OF JUSTICE(司法省)にかけた電話は UNCONNECTED(つながらなかった)と記載されています。

 

1_3 

 

念の為に、この画像が含まれた動画ファイルへのアクセス方法を記しておきます。

 

①http://www.vaed.uscourts.gov/にある
United States District Court Eastern District of Virginia (アメリカ合衆国ヴァージニア州東部地区裁判所)のホームページ内の右欄Resourcesの上から4番目のNotable Cases(注目すべき事件)をクリックします。

 

②http://www.vaed.uscourts.gov/notablecases/index.htmにある
Notable Casesのページに行きますので、
上から5番目のUnited States v. Zacarias Moussaouiをクリックします。

 

③http://www.vaed.uscourts.gov/notablecases/moussaoui/index.htmにある
United States v. Zacarias MoussaouiCriminal No. 01-455-Aのページに行きますので、
下のTrial Exhibits(裁判証拠資料)をクリックします。

④http://www.vaed.uscourts.gov/notablecases/moussaoui/exhibits/index.htmにある
United States v. Zacarias MoussaouiCriminal No. 01-455-A
Trial Exhibits(裁判証拠資料)のページに行きますので、
Prosecution Trial Exhibits(検察側裁判証拠資料)をクリックします。

 

⑤http://www.vaed.uscourts.gov/notablecases/moussaoui/exhibits/prosecution.htmlにある
United States v. Zacarias MoussaouiCriminal No. 01-455-A
Prosecution Trial Exhibitsのページに行きますので、
Phase 2のP200054をクリックします。

 

⑥http://www.vaed.uscourts.gov/notablecases/moussaoui/exhibits/prosecution/flights/P200054.htmlにある
United States v. Zacarias MoussaouiCriminal No. 01-455-A
Prosecution Trial Exhibits
Exhibit Number P200054のページにて、
上の画像が含まれた動画データ(AA77というタイトルになっています)を含む検察側裁判証拠資料をDownload可能です。

圧縮(ZIP形式)フォルダになっています。

 

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