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2011年2月

2011年2月22日 (火)

”911は内部犯行であったのか?”

以下は、http://twilightpines.com/JF-BuenosAires/Buenos-Aires.html
の Dr. Jim Fetzer: "Was 9/11 An Inside Job?" と題されたスライドショーの説明文の日本語訳です。
911の真実を追究する学者たちのホームページ、http://911scholars.org/ からもアクセス出来ます。(DVDと書籍の画像の下の画像をクリック)

1 建設は1966年に始まり、入居は1970年に始まった。110階建てのツインタワーは斬新な "チューブ内チューブ" デザインが組み込まれ、フロアー、家具、人員を含んだ想定される"荷重”の20倍の力を支える 耐久力があった。 しかし実際にはさらにそれ以上の耐久力があったと思われる。

2 その47本の中心支柱は240本の外部支柱に鉄骨トラスで結合されていた。トラスは両端とも溶接され、コンクリートが4トン注ぎ込まれ、オープンなオフィス空間を持った入り組んだ格子構造を形成していた。

3 貿易センタービルはツインタワーの後ろの5つのビルを含んでいた。そのうちの一つ--7号ビル--は47階建てのビルで、ツインタワーが破壊されたおよそ7時間後の午後5時20分に崩壊した。

4 フランス人撮影班、Naudet 兄弟は、”たまたま偶然”最初の激突を撮影するのに理想的な場所に居合わせた。その映像はかなりぼやけて不明瞭で、密集隊形で飛行する数機の無人空中輸送手段のように見えたと言うする人もいる。それはボーンイング767型機には見えなかった。

5 これは Rosalee Grable が作ってくれた Naudet 兄弟の映像の時系列画像である。もし767型機が156フィートの翼幅があり、ツインタワーそれぞれが208フィートの幅であれば、 これが767型機でありえるであろうか?もしそうでなければ、これは何であろうか?彼女のホームページ、http://webfairy.org/flashies/にてわかりやすい映像が見られる。

6 JFK の写真を分析した伝説的な写真分析家 Jack White が、この比較をしてくれた。これは鉄筋支柱の”切り抜き状の穴”が増幅されていることを示している。おそらく台本を運営していた輩にとって良く見えなかったのであろう。

7 "衝突”には後に生じる火の玉と塵、残骸が伴うはずである。ノースタワーには公式にはアメリカン航空11便が94階から96階付近に衝突したと言われている。

8 ユナイテッド航空175便のサウスタワーの衝突はノースタワーの衝突よりもさらに奇妙であった。その航空機は公式には、もう一機の767型機と言われているが、測定したところ560マイルで飛行していた。この速度は35,000フィートでの航行速度であり、 700フィートから1,000フィートでは航空力学的に不可能であることが分かっている。

9 ビルに空けた穴も空想的であった。関連するコマを検証すると、見たところビルにも航空機にも被害が見られない。大きな残骸が生じておらず、”切り抜き状の穴”も生じていなかった。

10 この図表は航空機と言われる物体が8階と交差したことを示している。階はそれぞれ、1エーカーのコンクリートを支える鉄骨トラスで輪郭が形成されていた。航空機ならばつぶれ、主翼と尾翼が壊れ、座席、人、荷物が地表に落ちていたであろう。そのようなことは全く起きなかった。

11 鉄筋に生じたこの画像はまるで特別に設置された爆発物のよって人工的に作られたかあるいは、外側からのレーザーによって作られたようであった。そこにはマンガのような特質があった。

12 767型機の機首は極めて脆弱であり、壊れやすい電気回路を中に含んでいる。驚くべきことに、この”航空機”の機首はビルを貫通し、無傷でこの鉄筋コンクリートビルの反対側から突き出していた。

13 ジェット燃料を搭載した航空機であれば、大部分はこの大きな炎の中で10秒から15秒の間に燃え尽き、通常のオフィス火災のみが残されていた。 NIST (米国標準技術局)は236片のタワーの鉄筋のサンプルを検証し、233片は500*F 以上の温度には曝されておらず、残りの3片も1200*F以上には曝されていなかったことを発見した。Underwriters Laboratory は、この鉄筋は2000*F に3時間から4時間曝されても何のダメージも被らないことを認証していた。サウスタワーの火災はおよそ1時間続き、ノースタワーの火災はおよそ1時間半続いた。炎は鉄筋を弱めるに充分なほど熱くも長くも燃えなかった。ましてや溶かすほどには燃えなかった。

14 プロジェクト管理者、Frank DeMartiniは、タワーは複数機の当時最大の民間旅客機、ボーイング707型機の衝突の衝撃にも耐えるよう建設されたと説明した。そのような衝撃は部分的なダメージはもたらすが、いずれのビルでもビル全体を脅かすほどではなかったであろう。それは防虫網に鉛筆を刺すようなものだと彼は言った。

15 タワーに激突したと言われている707型機と767型機は大きさと燃料容量の点で極めて似通っていた。その2機が巡航速度で激突していたとすれば、巡航速度が速い707型機の方が、767型機よりも深刻なダメージをもたらしていたはずである。

16 Andy Card がブッシュ大統領に2機目の衝突を知らせた時、ブッシュはさらに7分間小学校の教室に留まった。彼はその後--公の席で--1機目の衝突を見た時、”何てひどいパイロットだ!”と思ったと述べている。しかし、Naudet 兄弟の映像は次の日になるまで放映されてなかった。2機目の衝突の後誰もそのような発言をしていないため、彼は非公開のシークレットサービスのテレビ放送にアクセスしていたと思われる。

17 2機の航空機の衝撃の直前、ツインタワーの地下2階で大きな爆発があった。William Rodriguezは、ノースタワーにおり、その一つを目撃した。

18 この爆発は広々としたロビーに被害を与え、重機を破壊し、そして--MadisonでのWillie との対話の際学んだことであるが--スプリンクラーシステムが排水したために地下2階を水浸しにした。

19 この爆発はコロンビア大学所有の地震研究所においてリヒタースケールでマグニチュード0.7 と 0.9 と記録された。ツインタワーを破壊した爆発はおよそマグニチュード2.1 と 2.3に達していた。

20 FAA(連邦航空局)とレーダーのデータに基付き、 Gordon RossとCraig Furlong はこの爆発はノースタワーの90階中央部の振動、サウスタワーの80階付近の振動よりも14秒から17秒も前に発生していたことを発見した。またその振動はリヒタースケールでは記録されていなかった。

21 ”Loose Change”が鮮やかに描いているように、多くの消防士がタワー全体で爆発音を聞いたと報告している。サウスタワーの一連の解体は、第7大隊長の78階からの“Ladder 15, 2箇所で小さな火災。2つのラインで消火出来る。”との無線連絡で始まったようだ。 いったん火災が消火されていたのであれば、”倒壊”に対して筋道の通る説明がなくなる。

22 サウスタワーが2回目の激突ではあったが、最初に破壊された。(80階以上の)頂上部30階は実際は旋回し地表に落下した。頂上部30階は水平方向に傾き、全体が極めて細かな塵と化した!

23 この破壊は全体に及ぶ徹底的なもので、全階が上階から下に“爆破される”順番を待っているようであった。”爆破される”とは元ブッシュ政権の労働省チーフエコノミストでTexas A&Mの教授のMorgan Reynoldsの忘れがたい表現である。

24 両タワーともおよそ10秒のわずかの間に塵と化した。これはノースタワーの4部構成の連続画像である。頂上に巨大なアンテナがあるためサウスタワーとの違いが識別できる。

25 この一連の展開には全く驚かされる。

26 ことばだけではこれを表現出来ない。

27 解体は完全で、均等で、そして突然であった。

28 政府によれば、階の上に階が重なる”パンケーキ倒壊”を我々は目にしているという。機械工学の元教授、Judy Wood は図表を作成した。そうした場合でも中心支柱は立っていなければならない。

29 これが実際の”パンケーキ崩壊”である。これが鉄筋ビルで起きることはない。このようなコンクリートビルではまれではない。これはパキスタンの地震の後に起きた。”パンケーキ”の堆積に注意。

30 Wood 博士はこの破壊を上から下におがくずと化していく2本の巨木に喩えた。この図表は実際に何が起きたのかにかなり近い。

31 高校の物理講師、Charles Boldwynは、政府はノースタワーの頂上部16階の倒壊が下の96階を倒壊させたと主張しているが、そのような結果を生み出すのに充分な質量を得るには16階部分が588個必要であったことを算出している。

32 さらに驚かされることであるが、このビルは”地表以下レベル”まで破壊されていた。このことを私は個人的に、 最初の報告者のひとり、聖マルコ教会のFr. Frank Morales に確認した。

33 この一連の現象はおよそ10秒の間に起きたことを忘れないよう。これは911委員会報告書でさえも認めている。

34 Wood 博士は110階建てビルの頂上から落とされた自由落下のボーリングボールは、空気抵抗もない、真空中では9.22秒で地表にぶつかると算出している。

35 もし階の上に階が重なり、下の階を落とすとすれば、96.7 秒かかっていたはずである。ビルの”倒壊”は、時間を考慮しただけでも明らかなように、物理的に不可能であった。

36 公式説明の問題は、優れた一般知識人、Paul Craig Roberts が述べているように、“莫大なエネルギーの不足”である。小規模な火災と重力を超えた莫大なエネルギー源が必要であった。Boldwyn は一つのタワーを極め細かい塵と化すにはヒロシマサイズの原爆2.4個分と同等のエネルギーが必要であったと算出している。

37 この視覚経験は"畏怖と恐怖"の一つであった。

38 ノースタワーの破壊の映像は中心支柱の一つが塵と化している様子を捉えてもいた。

39 Wood 博士はまた両タワーの変質は2.5平方マイルを1インチの厚さで覆うのに充分な塵を産出したと算出している。 また塵は火山から出る火砕性の雲に似ており、その雲は”生暖かく”、非常に熱くはなかった。このエネルギーは常温核融合により生じた可能性がある。

40 数百万立方ヤードの極めて細かな塵が街を覆い、徐々に海へと吹かれて行った。

41 この清掃にあたった人々が経験した感情を想像して欲しい。

42 膨大な量の塵に加えて、おびただしい量の書類が街中に散乱した。驚くことに、書類は何のダメージもなく残った--燃えることも焦げることもなかった。

43 ここで Fr. Frank Morales が2度にわたり私に言ったことがわかる。つまり:タワーは地表面よりも低い所まで破壊された。この写真では、第7ビルが立ったまま片側が”発煙している”ように見えるのがわかる--”発煙している”とは Judy Wood の言葉である。

44 このビルの炎は極めて小さなもので、スプリンクラーシステムにより消火されていたはずである。このビルにはいかなる航空機も衝突しておらず、ジェット燃料による火災はなかった。極めて頑丈なビルで、マンハッタン南端部に電力を供給する巨大な発電機の上に建っていた。

45 911以前もまた以降も火災で倒壊した鉄筋高層ビルはない。このロスアンジェルスの62階建ての First Interstate Bank ビルの火災は1988年5月8日に3時間半燃え続け、貿易センタービルのどの火災よりも激しい火災であったが、倒壊はしなかった。

46 第7ビルの倒壊は完全で、対称性を保っており、突然で、全階が同時に動きビルの基礎部に崩れ落ちた。これらは古典的な制御解体に顕著な特質である。ツインタワーは制御爆破により破壊されたが、”古典的”ではなかった。

47 7号ビルは約6.5秒という真空落下の速度で崩れ落ちるが、ビル総量のおよそ12パーセントの山積みの残骸が残った。その量はおよそ5.5階分(あるいは”5.5個のパンケーキ”)に相当した。

48 7号ビルは午後5時20分に崩れ落ちたが、午後4時57分に、BBC のJane Stanley は”ソロモンブラザーズビル”--第7ビルはこの別名でも知られる--が既に崩壊したと告げた。実際に崩壊する43分前もに。

49 事実、7号ビルは彼女の左肩越しの背景に見える。このBBCの件は政府、情報機関、マスメディア間の共同作業における大失態のひとつであるように思われる。

50 このように何が貿易センターの破壊をもたらしたかという疑問が生じる。
科学的調査にいたる4つの段階がある。

困惑:何かがひとの予備知識に適合しない。

推測:あらゆる種類の代わりとなる説明を考える:
(H1) 自然の原因:地震、ハリケーン、…
(H2)人間の原因:従来型:放火、ダイナマイト、RDX爆薬、
サーマイト/サーメイト、…
(H3)人間の原因:非従来型、小型核(原爆、水爆、…)、HAARP、 LASERS、MASERS、PLASMOIDS、…
(H4) 他の代案はまだ考えられていない…

適用: e を前提とした( e が真実であるとした場合の)仮説 h の可能性は、h を前提とした( h が真実であるとした場合の) 仮説 e の可能性と等しい。

説明:充分な証拠が入手可能であれば、望ましい--可能性の最も高い--仮説にもまた到達出来る。平易な例として、起訴するに充分な証拠がある前と後の犯罪の被疑者のことを考えると良い。

51 貿易センタービルの破壊は圧倒的で完全なものであった。しかし周囲のビルは僅かな被害で難を逃れた。

52 私達は既に航空機と火災がタワーを破壊したのではないことを知っている。これは空中写真である。まるでテロリストは”WTC”と呼ばれるビルだけを全て破壊したかったようである。そこには多くの奇妙な結果があった。

53 これはサウスタワーの地下2階である。従来の説明と新しい説明を区分する重要な点は、存在したと言われる大量の溶けた金属のプールである。これには極めて高い温度が必要である。水のプールに注目。それは泡だっても沸騰してもいない。通行人は地面の向こうを何の被害も受けずに歩いている。熱くはないようである。

54 これは第6ビルである。真ん中に巨大な穴が空いている。まるで中心部の外科的除去手術を受けたかのようである。第7ビルの跡はその後ろにあり(左側)、1号ビルの残部は正面(右側)にある。

55 これは第6ビル内部の眺めである。中心部が全て失われていることに注意。ノースタワーでは多少残骸がある一方、この8階建てビルの中心部は失われている。崩落する残骸はビルへ質量を加えるが、軽減はしない。

56 第5ビルの奇妙な円形の穴に注意。Judy の研究者の一人が貿易センタービルの写真を検証し、総計50程のこの奇妙な円形の切り抜き状の穴が存在することを発見した。

57 第4ビルもかなり奇妙である。ビル半分(右側)は無傷で、残り半分は(中央)完全に破壊されている。

58 第3ビル、The Marriott Hotel は、アメリカの民話の神話上の木こり、巨人Paul Bunyan が巨大な斧をふるい、ビルに打ちつけたかのようである。

59 100台以上の車に生じた結果はとても奇妙であった。エンジンブロックが完全に破壊されながら、タンクのガソリンは爆発せずに残ったままであったものもあった。

60 湿ったボロギレのように動かなくなったものもあった。このような結果は確実に落下してくる残骸がぶつかったことによりもたらされたものではなかった。

61 鉄筋の変形のような結果にはひとつの可能性のある説明以上のものがあるようだ。トリチウムとデュートリチウムが結果として同時に発見されたと報告されている。それらは純粋水爆の爆発の特色であると主張する研究者もいる。それらは伝えられる所では放射線を発せずコンクリートと鉄筋を粉々にし、巨大な梁をこのような形に変形出来るという。これもまた興味深いことである。

62 ツインタワーは”バスタブ”と呼ばれる堤防状の構造で建設されていた。それはハドソン川がその基盤部に氾濫することを防ぐように設計されていた。

63 これがバスタブである。タワーの破壊によって深刻な被害を受けなかった。これを壊滅させないように500,000 トンのビルを極めて細かな塵と化す必要があったようである。

64 これはノースタワーのバスタブである。もし割れておれば、水がマンハッタン南端部の多くの主要なビルに基盤部を壊し、川の下に位置するニューヨークとニュージャージーをつなぐ地下鉄とパス線のトンネルを水浸しにしていたであろう。

65 しかしそのようなことは起きなかった。地下鉄は水浸しにならなかったし溶けた金属で浸されることもなかった。もし溶けた金属の強大なプールが存在しておれば、川の水が蒸気爆発を生じさせていたであろう。

66 被害の対処に際して現場では1,100万ガロンの水が散水された。それは、もし溶けた金属の巨大なプールが存在しておれば、甚大な蒸気爆発を生じさせていたであろう。

67 マンハッタンで発生した蒸気パイプの爆発はドライバーの体の80パーセント以上に第3度のやけどを生じさせた。

68 Judy は、蒸気であればこの作業者達を傷つけていたであろうから、これは蒸気ではあり得ないと述べている。鉄筋コンクリートを極めて細かな塵と化した、鉄筋コンクリートの分子レベルでの分離をもたらした装置の使用で生じた残存物の発煙か何かのようである。

69 およそ3,000人の死者のうち、1,100人の遺体が回収されなかった。腕も、足も、つめも回収されなかった。彼らは、タワーと同様に、脱分子化されたようである。1立方フィートの水の蒸気への変換は体積において1,600倍の膨張がもたらされる。もし何らかのエネルギー源が人体や物体の含有水分を蒸気に変えたのであれば、おそらくそのようなことは説明が付く。紙は水分が足りないため原型を留めたのであろう。

70 Rudi Giuliani 市長はグランドゼロから残骸を運び出すために膨大な数のトラックを手配した。Judy が気付いたことで、多くの場合見過ごされていることであるが、同じトラックはまたその現場に膨大な量の泥を運び込んでいた。

71 時間と共に残骸の山のサイズを大きくしている泥に注意。泥は、基盤部に関する場合を除き、貿易センタービルの建設の材料の一つではなかった。泥はチェルノブイリでの大惨事に対処する際にも利用された。

72 Wood 博士はまた驚くほど速い速度で鉄筋が塵と化してしまったことを観察した。世界で最も価値ある不動産であるにもかかわらず、今日でさえ、跡地の大部分は使用出来ないままである。これは脱分子化過程の永続的影響によるものであろう。

73 溶けた金属は、超高温で作用する発火用サーメイトかサーメイトあるいはナノサーマイトを組み合わせた莫大な量の従来の爆発物によりビルが破壊された場合に想定されるものであるが、その実情はこのような写真により裏付けられる。未爆発の thermitic 物質が最近の塵の検証で発見されているが、溶けた金属は根拠がない。

74 Wood 博士は grappler の油圧は 350*F付近で活動を停止することに注目している。真っ赤に燃えた鉄の塊がおそらく機械を作動不能の状態にしてしまうのである。

75 この私のお気に入りの写真には作業員の集団が溶けた金属で輝いている洞窟を覗き込んでいる姿が写っている。沸騰し始めたやかんの注ぎ口の上に顔を置くものは、この場合わずか212*Fほどでしかないが、誰もいない。ここでの温度は3,000* F 付近であろうから顔の皮膚を溶かすほどであった。

76 衛星の温度地図は、初期には存在していたであろうそのような”高温地点”が数ヶ月持続していたとの主張とは反して、911事件の2週間以内には大部分が冷えていったことを示している。ここにはサーメイト/サーマイトやナノサーマイトの使用を超えた何かが関与していたようである。

77 FAA(連邦航空局)とNORAD(北米航空宇宙防衛司令部)は、サウスタワーが破壊される直前、全航空機を--軍用機も民間機も--離陸させない措置を取り、ノースタワーが破壊された直後、航行の継続を許可した。航空機を危険にさらす何らかのプロセスがおそらく関与していたのであろう。ペンタゴンが今でこそ認める、”レーザー誘導のエネルギー兵器”と呼ばれる指向性エネルギー兵器の類がおそらく関与していたのであろう。

78 ジョージの兄弟の、ニール・ブッシュは Securacom の取締役会のメンバーであったが、911の日に貿易センター、Dulles 空港、ユナイテッド航空のビデオ監視の契約をしていた。彼のいとこ、Wirt Walker IIIは同社の最高経営責任者であった。イスラエルの企業、ICTS はダラス、ローガン、ニューアーク空港の乗客の安全を管理していた。それらの空港からハイジャッカー呼ばれる人物達は航空機に搭乗したと言われている。

79 PENTAGATE and 9/11: THE BIG LIEといった著書を含む、Thierry Meyssan の初期のペンタゴンの検証が私にとって911への序論であった。彼のインターネットでの検証、 “Hunt the Boeing”は、私が自分のホームページに最初に貼り付けたもののひとつであった。

80 彼はもぎ取れていたはずの主翼を含む、見当たらない残骸について鋭い疑問を投げかけた。彼は過失に関してはおおらかであった。というのも当初の被害はここで見られるほど広範囲ではなかったのだから。

81 アメリカン航空77便はペンタゴンの西ウィングの1階に衝突したと考えられている。そこはちょうど”テロリストの攻撃”に対して補強されたばかりであった。衝突点はおよそわずか10フィートの高さと15フィートから17フィートの幅であった。壊れていない窓と他の残骸はあったが、100トンの航空機のアルミニウムの残骸の大きな山は--主翼も、遺体も、座席も、荷物も--なかった。

82 公式説明によれば、航空機は地表をかすめ街灯支柱をなぎ倒し、北東方向の航路で接近したという。そのようなことが起きていたなら、主翼内の燃料が発火し、航路に影響を与えていたはずである。ここで見られるように2次的な爆発があったであろう。--もしこの写真が本物であればの話だが--というのも初期の被害は信じられないほどわずかであったのだから。この爆発の前に数箇所から既に煙が上がっていることに注意。

83 これは上階が崩壊する前と後である。崩壊は初期の”衝突”のおよそ30分後に起きた。April Gallop を含む、数人のペンタゴン職員は爆発と航空機を見なかったことを報告した。現場に駆けつけた最初のレポーターも同様であった。 CNN の Jamie McIntyre は”私が真近で見たところ、ペンタゴン付近の何処にも航空機が衝突下は痕跡はありません。”と言った。

84 複数の航空技術者が、これは航空力学的に不可能なシナリオであると私に説明した。高速の航空機は主翼と機体の下部に圧縮された空気のポケットを作り、片方の主翼の長さほどよりも地表に接近することを不可能にする。時速500マイル以上で飛行する757型機の場合、それはおよそ60フィートであったろう。

85 2つの巨大なエンジンは、回収されなかったが、芝生全体に溝を刻み込み、ずたずたにしていたであろう。

86 しかしおよそ15分で火災を消火した、この黄緑色の一般消防車を写した写真には、全くきれいな、緑の、傷一つない芝生が写っている。タイガー・ウッズにキャディを連れて登場し、パットの練習をしてもらいたいほどである!

87 残骸が姿を現し始めた。ビルを旋回していた C-130 貨物輸送機が芝生上に落としたのではないかと私は推測する。オハイオ州コロンブス出身の法律家、James Hanson はこの最も目に付く残骸は1995年のコロンビアのカリでの墜落のものであることを突き止めた。

88 このことは、彼らなりの貢献していると思われる、スーツ姿の人々の努力をないがしろにするものではない。

89 同様に秘密をばらしてしまう残存物か何かを運び出しているように見える、下士官の集団の努力もないがしろにするものでもない。

90 公式説明が要求するように、もし航空機が斜めにビルに衝突しておれば、後部が左側に急激に傾いた際、後部はもがれていたはずである。しかし後部部分は発見されていない。

91 (Western Ontario大学の)A.K. Dewdney とG. W. Longspaugh による支柱の被害の検証によれば、被害のパターンがボーイング757型機とは一致せず、かなり小型のジェット機のものと一致するという。

92 Purdue 大学の別個の検証は、対照的に、公式説明を支持するために捧げられている。しかしかなりあからさまな不備として、支柱に接触する航空機の図表からエンジンが欠如している。おそらく彼らはビルには巨大なグライダーが衝突したとでも思ったのであろう。

93 何が起きたのか明らかにするに違いない80以上のビデオあったにもかかわらず、ペンタゴンはこっそり1つのビデオの5つのコマを公表した。Thierry は自身の本でこのコマを分析した。最も重要なのは右上のもので、都合よく”航空機”とラベルが貼られている。そうでもしなければ誰も気が付かなかったであろう。

94 757型機がビルに衝突していたのであれば、このように見えなければならない。しかしこれは私達が決定的コマで目にするものではない。

95 さらに、ペンタゴンで発見されたエンジンの主要部品は見たところ757型機以外タイプの航空機のものであった。これにより、かなり低速で飛行していた、より小型の航空機が、衝突したのではないかとの可能性が生じた。

96 そのエンジンの部品は、航空母艦から離陸し着陸するよう設計された最大の航空機、A-3 Sky Warrior に使用されている JT8D のものであったように見える。同機がアメリカン航空の航空機に似せて利用されたかも知れない。

97 私が提起しようとしていることは議論を免れないが、A-3 機の輪郭を取り出し…

98 そしてこの決定的コマのゲート装置上で見られる航空機の像の上に重ねると、…

99 …すると結果はとてもよく合って見える。複数のパイロットが私に白い噴煙が航空機のエンジンから出ることはなく--黒い噴煙ならば出るが-‐それはビルに向かって放たれたミサイルから出ているように見えると言った。

100 Jack White がこのコマで見られる後部のサイズに757型機の像を合わせてくれた。航空機の像は757型機の長さのおよそ半分で、155フィートの高さに位置しており、ペンタゴンが77フィートの高さである限り、2倍の高さにある。これは全長76フィートの A-3 と適合する。私の推測は、もちろん、Dewdney と Longspaugh の検証が正しいことを前提としている。

101 ペンタゴンでの犠牲者の125人の30人ほどは予算分析官、財政専門家、会計担当官であったことに私は注目している。その多くは西ウィングにおり、国防長官ドナルド・ラムズフェルドがその前日発表したペンタゴン予算の行方不明分2兆3千億ドルの行方を追っていたのではないかと私は思う。当時の会計監査官、Dov Zakheim は、--イラクとの戦争を望むネオコンの多くと同様--アメリカ-イスラエルの二重国籍者であった。

102 火災が消火されてから長い時間が過ぎていたため、国会議事堂への脅威が宣言され、国会議員がビルから芝生へと流れ出ていた時に--巨大な黒煙の波状雲がペンタゴンから立ち昇るのが見られたということは一時的な興味以上のものである。

103 この巨大な黒煙の雲は、しかし、ビル内部から発生したものではなく、おそらく国会議員の心情にある影響を生み出す目的で、ハリウッド様式の”特殊効果”として、ビルの前面に配置されていた一連の大型ゴミ容器から発生したものであった。

104 数年前、私がまだミネソタ州のダルースに住んでいた時、同輩が街に立ち寄り、さらに別角度からの44コマの映像を見せてくれた。そこでは大型ゴミ容器とビルの間にはっきりと日光が見えた。この出来事の演出はまったくあからさまであった。--そしてこれが唯一の例ではない。

105 ビルの頂上部の崩壊した部分の清掃中に、3階か4階の左前方に、木製の台の上にオックスフォード大辞典のようなものが見えることに注目。ボーイング757型機がビルに衝突した際に爆発したと言われる巨大な火の玉にもかかわらず、それは焦げているようにも見えない。

106 これだけでは充分な証拠ではないかのように、911の真相を追究するパイロット達の会はNTSB--国家運輸安全委員会--が77便のものと主張するブラックボックスのデータを入手し、データが西からほとんど垂直にペンタゴンへ向かう全く異なる航路を示していることを発見した。その航路は街灯柱にぶつかるには高すぎ、ビルに衝突するにもまだ100フィート高すぎた--衝突から1秒。その航空機はペンタゴンに接近していたようであるが、ペンタゴンへはかく乱工作として急降下しただけで、同時に--私の仮説が正しければ-- A-3 機がビルに接近しミサイルを発射したのではないか。

107 この航空機がとったと言われる航路がケンタッキー州とオハイオ州の州境付近で”レーダーから見失われ”、標的に接近した際にやっと視界に戻り、そこで航空管制官がその動きと速度は小型の、軍用機を示唆していると考えたこともまた興味をそそられる。そう述べたのは Thierry が最初だったと思うが。

108 コンドリーザ・ライスと他の政府高官は航空機をミサイルとして使用することなど誰も考え付かなかったと主張したが、そうした発言と矛盾する歴史がある。事実、これは757型機を使う事件の1年以内のうちに実施されたペンタゴンへの攻撃のシミュレーションの縮尺模型である。それがどうなるか知りたいなら、やってみるといい。ワシントンの成功はひとの嘘への許容力の作用であるように時々思われる:つく嘘が大きければ大きいほど、さらにひとは信じるのである!

109 ユナイテッド航空93便--もう1機の757型機--が墜落したと言われるペンシルヴァニア州のシャンクスヴィルの状況は、説得力がない。墜落の煙を写していることになっている唯一の写真は、墜落したことになっている場所と一致しない。

110 この航空機は--信じることが出来るとして--放置された鉱抗にさかさまに墜落したと言われている!鉱抗に閉じ込められた鉱山労働者に対して何をするか私達は知っている:明るい光と重機を持ち出し、24時間無我夢中で掘るのである。何かの奇跡で、誰かが生存していてくれることを信じて。

111 そのようなことは、しかし、ここでは成されなかった。その代り、ジャーナリストと記者達は、特別部隊が現場を清掃していた間、1,000 ヤードほどの距離に追いやられ近寄れなかった。彼らは化学分析がされないように、燃えた低木と木の枝を取り除いてさえもいた。米空軍(退役)航空機事故専門家、George Nelson 大佐は、まるで誰かがブルドーザーをかけ、溝を掘り、夾雑物で満たし、めちゃくちゃにしたように自分には見えた!と私に言った。

112 ペンタゴンの現場に最初に駆けつけたレポーター、Jamie McIntyre のようにシャンクスヴィルの現場に最初に駆けつけた複数のレポーターは、墜落現場の最も際立った特徴は航空機が墜落した痕跡がなかったことであることを聴衆に告げた。McIntyre は後に、ただ”愚かな”ひとだけが航空機がビルに衝突したことを否定すると表明するのであるが、当初はこれらのレポーター達も真実を発言していたことは間違いない。

113 正確に93便に--あるいは他の航空機に--何が起きたのかは公の疑問である。ある報告は、--ワシントン郊外のアンドリュー空軍基地での暫定職務についていた--“The Happy Hooligans”という3機の F-16の編隊の名人パイロット、Rick Gibney 少佐がちょうど9時58分に2発の Sidewinder ミサイルで同機を撃墜したという。もっともらしい話である;しかし私達にはまた、93便はクリーヴランドに着陸し、市長が空港に来て記者達に同機は厳重な安全保護のもとで離れた格納庫に格納され、200人余りの乗客は秘密裏に降りたと説明した、という話もある。これらの航空機は4分の1しか定員を満たしてはいなかったため、その数字に達するには人数が必要であったことになる。この話は捨て去られるまでに14回ほど改正された。

114 これらの航空機が実際にあの日飛行していたのか疑う複数の理由がある。世界一洗練された防空システムが警備解除された本当の理由は、おそらく、パイロットが反応がなく、航空機が存在しなかったことを発見したためではないか!しかし航空機がでっち上げであったとしても、911は事実である。公式説明は偽りであることが証明されている。これは複雑な、軍事/情報/心理的作戦であった。参加者の多くは無知であった。計画は極めて高いレベルで行われた。実行という点では信頼に足る友人に”外注”した。19 + 1 人は”カモ”の役割りを負った。それは政治的目的をもって私達を操るため、アメリカ人に恐怖を植え付けるべく行使された暴挙であった。もしアメリカの報道が、今日のアルゼンチンを含む、他の国の報道と同様勤勉であれば、おそらく一般市民は激高するであろう。しかし、 CIA の Frank Wisner がかなり以前に理解したように、“The Mighty Wurlitzer” と彼が呼ぶ(というのは彼はメディアをオルガンのごとく操るのであるから)情報機関がメディアをコントロールしている限り、事実は重要ではない。--ただストーリーだけがものを言うのである。

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