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2011年1月

2011年1月 1日 (土)

Gerard Holmgrenをしのんでの追悼記念対談

以下は、http://nomoregames.net/index.php?page=911&subpage1=real_deal_holmgren  の日本語訳です。

またこの対談の音声が  で聞けます。(1分27秒から27分19秒まで)

                                                                   

                                                                      

The Real Deal
Gerard Holmgrenをしのんでの追悼記念対談
司会:Jim Fetzer‐2010年6月4日

Jim Fetzer:The Real Dealの司会進行役のジム・フェッツァーです。今日は9/11事件に航空機は関与していなかった可能性に一番最初にではないとしても、ごく初期に気付いた一人の素晴らしいオーストラリア人911真相追究者、Gerard Holmgrenへの感謝をこめて、多彩な、多くの特別ゲストをお招きしています。今日の最初のゲストは、このショーに再登場してもらいうれしい限りなのですが、このショーをお聞きの皆さんにはおなじみの、最近動脈バイパス手術を受けたばかりのMorgan Reynoldsです。ご出演いただきうれしく思います。ちょうどテニスを終えたばかりのところを出演してもらっています。Morgan、ようこそ。

Morgan Reynolds: ありがとう、Jim。再出演をうれしく思います。今日は素晴らしい機会ですね。一ヶ月前、2010年5月2日にガンで逝去したGerard Holmgrenの働きに対する感謝として、このラジオ・インタヴュー・ショーを企画してくれたことに感謝します。ここで少し彼の略歴をお話したいと思います。詳しくは後に出演するゲスト、特にRosaleeが補完してくれると思いますが、Gerardは1958年の11月11日に誕生し、オーストラリアのシドニーで51歳で死去しました。ところで5月6日に幼なじみがeメールを私に送信してくれました。ここでそのeメールを読みたいのですが、読んでも良いですか。

Jim Fetzer:もちろん。

Morgan Reynolds: Gerardの素晴らしい紹介をしてくれます。このeメールは西オーストラリアのPerthのStuart West から送信されています。彼はこのように書いています:

私は911真相追求者あるいはそのような類の者ではありません。Gerard Holmgren、本名Gerald Holmgrenの書いた、911と関係のあるものをネット上で読んでいたところ、nomoregames.netというあなたのホームページに出会いました。私はあなたに彼は5月2日日曜日の午前7時30分にオーストラリアのシドニーのCanterbury 病院で死去したことを知っていただきたく思いました。私は彼の子供時代からの友人で、彼の最期の数日間そこにいました。彼は死の一週間前、手術不可能なガンであるとはっきりと診断されました。一生タバコもマリファナも一本も吸わず、どんなドラッグもやらず、ごく少量のアルコールを飲むだけだった男を襲った不運でした。彼はあなたにあなたの911の立場(私に分かる限り彼と同じ立場)に関して難局をもたらしたことと存じます。彼の友人は皆、彼は独創的な議論を、特に誰も事前に思いもつかなかった状況で、提起出来ることを知っていました。しかし私はあなたに、論争や議論好きな外見に隠れたところで、彼は愛すべき、穏やかな人物であったことも知っていただきたいと思います。彼は内容のある議論が大好きでした。そして彼は通常読書を好みました。私はあなたと彼とのお互いの間の、こう言ってよろしければ、"離反"について、あなたと彼との間で意見交換の議論の試みがなされたという点で、あなたを賞賛したいと思います。いずれにせよ、彼の葬儀は今日行われました。5月6日でした。もしFacebook accountを持っておられるなら、Gerard Holmgren Rest in Peaceとして確認出来ます。彼は友人、ミュージシャン仲間(彼はイカしたブルース、ジャズギタリストでした)また研究者に囲まれていました。私はこのような人々の数人と会いました。 Gerard と私は生まれはオーストラリア西部の生まれで、東部のシドニーではありません。 そこの人々は気持ち良く、つつましく、礼儀正しく、思いやりのある人々で、全く思い上がったところも過剰にうぬぼれたところもありません。死の前にGerardとシドニーで過ごした3日間は啓示でした。私はちょうどあなたの記事の一部を読んでいるところで、さらにお気に入りに登録しているあなたのホームページの記事も読みたいと思っています。航空機が継ぎ目がないかのようにタワーに侵入していく写真が目を覚ましてくれました。私にはそれが全てです。おそらく人々は少し落ち着いて、お互いに少しゆるし合うべき時に来ているのでしょう。私はあなたの書いた記事にそのような姿勢を感じましたので、時間を取ってこのメッセージをあなたに送り、あなたにGerard (Gerald)のことを知ってもらおうと思った次第です。
敬具、Stuart West, Perth, Western Australia。

とても素晴らしいeメール、Gerardへの賛辞です。もちろん、ここでは多大な彼の知的貢献の詳細については論及されてはいませんでしたが。Gerardは911研究者のトップスリーに入れられるべきであると、私は考えます。それからRosaleeが後に修正するかも知れませんが、Thierry Meyssanが、2001年10月、事件後一ヶ月もせずに、インターネット上に”ペンタゴンには航空機が存在しない”ことに関して情報を掲示しました。そして2002年の3月に、彼の本がフランスで出版されました。Rosaleeは最初のアメリカ人航空機不在論者であり、おそらく世界貿易センターのでっち上げ、航空機のでっち上げを暴露した最初の人物でしょう。そしてGerard は確か2002年の始めに登場し、言うまでもなく、数十の分析記事をホームページ上に発表し、2006年ごろ嫌気がさして閉鎖したのですが、幸運にもRosaleeがバックアップを取っており、彼女のホームページ、The Web Fairyにて閲覧可能になっています。以上がGerard Holmgrenについて、いくつかの主要ポイントを明らかにする私の簡潔な説明です。

Jim Fetzer:とてもいい話でした、Morgan。彼の主張の中では、”航空機不在”に関して何が最も重要であると考えますか?

Morgan Reynolds:そうですね、その話をする前に、あなたも指摘したように、Gerardは911事件の素晴らしい調査者、書き手、研究家でありまた素晴らしい教師でもあったと指摘させて下さい。分かってくれると思いますが、ギターの教師としてあるいは何を教えるにしても、以下の点で彼は私の心を捉えていました:
簡単に話しましょう、物わかりが悪いんでしょ?彼はとても素晴らしく書き、議論することが出来たのです...そしてまたひねりの効いたユーモアのセンスも持っていました。そのおかげで彼はあのような、彼の書いた人気のある記事のようなパロディを生み出せたのです。手元にタイトルリストはありませんが、基本的に馬鹿げた陰謀論に関するパロディでした。そして彼はそのレンズに公式説を通しました。どれほど愚かで、イカれた話であったことでしょう、人々がこれを信じるなんて。アフガニスタンの洞窟に潜む透析装置をつけた男が一連のことをやり遂げ、遂には Road Runnerのようなことまでやったなんて、一方では貫通し、一方では分解したなんて、どうすればあり得ますか。彼は頭脳明晰でした。具体的には、極めて広範囲にわたる目撃証言、また"航空機不在”というわかりやすい物理現象、そして公式説を信じることがいかに不可能であるかを徹底的に調べたのでした。今ではこの活動もかなり時間がたっていますが、私が加わったのはかなり初期のことで、私はGerardからこれを感じたのですが、私が加わったことは彼に面倒をかけてしまったと思います。なぜなら私は学識資格を持っていましたので。

私はおそらくこの911全体への目につく参加者となるところでした。私は2005年6月9日にこの議論に参加し、大きな注目を集めました。それからしばらくの間は私達はとても近い関係にいました。私は彼の力を借りて学習し、彼はアドバイスをくれ、そのアドバイスは通常穏健なものでしたので私は傾聴しました。しかしその後、仲たがいが生じました。Gerardにはもう一つの特徴がありました。彼は頭脳明晰で鋭いだけでなく、厳しい決意の人でもありました。”I’m not going to back down(俺は引き下がらない)”、というTom Petty and the Heartbreakers の歌がありましたが、彼のテーマ曲となっても良かったでしょう。まったく彼の特徴のもう一つの面は、絶対的な純粋さでした。一方私のこの件へのアプローチは真実が私達の武器であるといったもので、私は絶対的な純粋さからは程遠い存在ですが、正義を追及しています。 私は生きている真犯人の有罪宣告を見たいのです。そしてそれは私一人では出来ないのです。一方 Gerardは911業界を立ち去る頃までには、孤立しひとりぼっちになっていたようです。要するに、彼はNico HauptやRosalee Grableといったかつての仲間との関係を断ち切っていたのです。そしてこれはEric Hufschmidと同様なことです。私は彼には911研究業界にもプロパガンダ業界にも友人はいないと思います。ではどうすればそのような状況で勝利出来るのでしょうか?少しだけですが与える側に立つようにするのです。ちょうどあなたや私に経験があるように一般教養学科にいるみたいですが。そして少しだけ寛大になり、自分の考え方に従わない人を攻撃しないようにするのです。長期的に見て、解決し、真実が極めて強烈に明らかになることに余裕を持つのです。

Jim Fetzer: そうですね、とても素晴らしいコメントだったと思います、Morgan。私が見るところGerardは何故航空機が使われなかったかに関して極めて説得力ある説明をしていたと思います。そしてこの件についてはあなたもかなり考えをまとめていますね。このような類の事件を計画する際に、何故実際に物理的に航空機を使用せずに、捏造ビデオを使用したほうが良かったのかリスナーに理解してもらう上でとても有益であると思いますので、お話下さい。

Morgan Reynolds:多くの事柄のため航空機を使用することが最適の選択肢とはならなかったのです。その一つは、もし本物の航空機を使用して、操縦して、タワーに衝突させたとしても、まずそう出来たとしての話ですが、求めているshock and awe(衝撃と畏怖)をもたらすことはなかったからです。なぜなら航空機は粉々になっていたでしょうから。それでは大崩壊とジェット燃料による火災を生じさせることはないのです。ビルの表面で炎の玉に包まれて跳ね返っているでしょう。これでは連中が求めていた効果になりません。さらにうまくいかなくなる多くの可能性があります。もちろん、こうすれば警戒態勢解除命令は必要ではありません。なぜなら航路をそれた航空機が存在するふりをする侵入物体がレーダー上では捕らえられていたかも知れませんが、迎撃機が緊急発進したとしても、何も見つけることはなかったでしょうから。こうして我らのナンバーワンの空軍、州兵等による防衛がなかった丸2時間の空白が度外視されます。それからもちろんビルの紛失という問題があります。John Learはこの件に関して雄弁です。Gerardもそうです。Killtownは何故航空機が使用されなかったかについて記事を書いています。その記事でも多くの同様なことが書かれています。うまくいかなくなる可能性のあることが多く存在していました。航空機が何処かに墜落したとします、本物の航空機がですね、そこでは驚くことですが、乗客名簿にアラブ人の名前が存在しないだけでなく、アラブ人のハイジャック犯も、何も存在しないことが分かるのです。ですから全ては、まさに驚くべきことなのです。911の数ヵ月後の国連で、真犯人の責任をそらす言語道断な陰謀論を受け入れてはいけない、と言ったブッシュの発言を思い出します。全くその通りだと思います。しかしこの攻撃の全体は見事なものでした。極めて重要な共犯関係にあるメディアの助けを借りて、連中は私達のような追求者が追及出来ないように、信じられないやり方でやり遂げたのですから。多くの人には信じられません。ほとんどの911研究者は様々にこのGerardの先駆的働きには対抗しています。彼らは航空機が存在しなかった、ということは航空機の衝突/墜落はなかったということを信じません。しかしこの論理には、Gerard が明らかにしたように、非の打ち所がありません。たしかに終盤は彼が誰にでも怒っていたことは別として、彼が行ったことは全て、数年間に書いた記事は、極めて力強くまた非常に抵抗されていました。私の見るところ、たいした効果はありませんでしたが。彼は力強い人物でした。早くから私は、谷を越えて私達が向かっている所を見ると、この人物は、今から数年後の将来、力強い先駆的911研究者として認められることになるだろうと思っていました。

Jim Fetzer:Morgan、実に興味深いことですが、私のGerardとの最初の出会いは、2005年の12月に学者達の会を結成し、David Ray Griffinの提案により、Steve Jonesを私の共同議長に誘ったことと関係があるんです。私にはほとんど即座にJonesがHolmgrenから攻撃されていることが分かりました。そして私は、Holmgrenや背景を知らなかったので、Steveの擁護に回り、Steveに対する彼の攻撃に関してGerardへの多くの反論を書きました。今では、前後関係や事実などを少しでも知っておれば、私はもう少しGerardの批判に対して理解力があっただろうにと思っています。

Morgan Reynolds:そうですね。私は昨日でしたかおとといでしたか、GerardがSteven Jones教授に対して公開質問状を渡し、初めてJones 教授の注意を引いた時のことを考えていたのですが、確かあれは2005年の9月でしたね?

Jim Fetzer:そうです。

Morgan Reynolds:その質問状はとても丁寧で、うまく書かれた文章で、Gerardは要するに私達は爆破解体の件に関しては異論はなく、ビルは何らかの方法で内破されたものであると主張するものでした。爆破はもたらされたもので、ジェット燃料によるものではないというものでした。しかし彼はとても丁寧な、お世辞交じりの文章の後で、Jones教授は航空機の型を間違っていると提起し、ツインタワーに飛び込んだと言われている航空機は、公式には767型機であったとされているのに、Jones教授は757型機と言っていると批判していました。するとJones教授は、自分は出かけて行き、着陸装置を検査したと主張し、"航空機不在”説を酷評する投げ捨ての文章を発表しました。その後Gerardは一言で言えば、世界貿易センターの破壊に関するよりもっともらしい前提を伴った的確な仮説についての遠慮がちなJonesの発言を、Jonesに投げ返しました。私の見るところ、Jonesは、航空機の実在‐不在の議論を、誤って早まった判断をしてしまったのです。ですからその時は、Gerardのアンテナは彼に関しては的確であったのです。とはいえ終盤までにGerardは自分のアンテナを拡げ、事実上全員、ReynoldsやFetzerを含め、もちろん彼はFetzerを嫌っていたのですが、しばらくしてthe Web FairyやReynoldsやNicoとも敵対するようになりました。そして終盤までに、Gerardは、先程言いましたように、嫌気がさして引きこもってしまいました。

Jim Fetzer:そういえば、たしか、あなたが私に"航空機不在”について心を開かせるには3年半かかったんですよね、Morgan。Gerardは大変だったことでしょう。私は一方でGerardの批判からSteve Jones を擁護し、一方で"航空機不在”を受け入れないのですから。二重の苦しみだったことでしょう。

Morgan Reynolds:そうですね。私達の過去も興味深いでしょう。なぜならあなたは私に反対の立場を取っており、ゼノのパラドックスか何かを持ち出しましたものね。あなたには現実の根拠はなかったので、なんてこったと思いました。あなたの注意を引こうとはしませんでしたが、Judy Wood博士には嘆いたものでした。数年の間私達は毎日話していましたので。要するにJimは学者らしくないと。彼には調査されているこの件に関して立場をはっきりさせる根拠がないと、言いました。あなたも今では認めるわけですが、あなたがこの件を調べ、真剣に対応し始めるまでに私は数年を要したのです。そしてその後あなたは考えを変えた。これはあなたの称えられるべき功績ですよ。

Jim Fetzer:いえいえ。全くあなたのおかげです。Morgan、あなたのおかげでなんです。もしあなたが私に、証拠を真剣に見てくれ、といって私のアタマに一撃を加えてくれなかったら、私がこうなるなんて誰にも分かりません。というのも私には表面上はまったく怪しい話でしたから。しかし今現在分かっていることを理解すると、この説は単につじつまが合うというだけでなく、極めて可能性が高く、さらに言えば、論証可能なのです。

Morgan Reynolds:そうです。繰り返しますが私達はお互いの真意を確かめなければなりません。こうして私達にはGerardの親友、Stuart Westが必要となります。彼は何と言っているでしょう、お互いに少しばかりゆるし合いましょう、少しばかり落ち着きましょう、と言っています。全く、本当にその通りです。今Gerardがギターを弾いている姿が映像で見れますが、彼はこの件に関してとても落ち着いて、静けさを保っていました。ロカビリーを彼は弾いているのですが、もし私が彼のようにギターを弾けたなら、激しく、落ち着きなく弾いていたでしょうけれども、彼はとても集中しています。 ここでも彼にははっきりとした真面目さや決意が見られます。もし彼はテニスコートに立てば、競争心あふれる人物であったでしょうし、このような性格を考えると、彼は燃え尽きていたでしょう。私は私とあなたを比較してしまいます、あなたは要するにこの件に関与し、長期的に見て、人々に休息を与えねばならないと、私は考えます。100パーセント誰かが本物であると確信していないとしても、共感しなければならないし、休ませてあげなければならないですものね。ですから私達には衝突を緩和してくれる存在が必要なのですし、瞬間的な不純さや何かのために誰かを車の外へ放り出すようなことは慎まねばならないのです。人は判断を誤ることがありますが善意の人である限り、気付いてくれるでしょう。悪意を持っていることが実際に確信出来ない限り、ドアは開けておかねばならないでしょう。

Jim Fetzer:つまり、Morgan、もし私が1年半か少しで航空機の不在という可能性に同調して、心を開いていたら、あなたのように全てがはっきりと見えていた人の目には私の立場はどう見えていたのでしょう。

Morgan Reynolds:はい。そうですね。私達には同じような経験があります、あなたも私も科学の世界で、社会科学の世界で、物理科学の世界で何十年間も目撃しています。考えを変える人もいれば、間違った見解に陥る人もいます。いいでしょう、彼らは死滅するのですから。彼らと議論するのは構いませんが、実際には第三者が判断すべきことですでしょう。あなたは最善を尽くしてあなたの論敵の立場は間違っており、あなたの立場が正しいということを示そうとしています。若い人々は多くの場合より柔軟ですから、あなたの観点を採択するでしょう。ですからあなたは次世代を見ているわけです。今のところは不幸にも、私達は911をある程度そのように見なければなりません。歴史に委ねるのです。そして最終的には、私達の道のりも変化するでしょう。誰にも分かりませんが。ある日何かが私達の道のりを急変化させ、本当に正義を追求できるようになるでしょう。しかしそうでなくても、この可能性の方が高いようですが、その場合でも、真実を求めなければなりません。

Jim Fetzer:Morgan、私達の対談の締めくくりとして、Gerardが911の検証にどのような貢献をしてくれたと考えていますか、要約をお願いします。

Morgan Reynolds:そうですね、Gerardの"航空機不在”についての働きは確かにthe Web Fairyに引き継がれたと言いたいと思います。これらの先駆者をJudy Wood博士と並んで私のトップ3の検証者に含めたいと思います。 ところで、Gerardは Judy Wood博士をそれほど必要とはしていませんでした。おかしな不協和みたいなものを考えさせる話ですが、私はそれでも構いません。ポイントはGerardの働きは極めて力強く、そして永続性があると私は信じます。Gerardは最終的にはthe Web Fairyを批判していたにもかかわらず、the Web Fairyが自分のホームページにGerardの働きを継承してくれています。そうしたことは彼女の功績です。ここでも再び、長期的視点に集中すれば、Gerardの働きがどれほど素晴らしいかったか、どれほど素晴らしい働きをしてくれたか、そして今後もしてくれるか分かるでしょう。実はですね、Jim、私はあれらの記事をまとめて、わかりやすい編集にして、少し判断しなければならないこともあるでしょうけど、本としてまとめることが出来たら、素晴らしいのにと考えていました。

Jim Fetzer:素晴らしい考えですね、Morgan。あなたと私でそうしてみましょう。Gerard Holmgrenへの追悼記念放送の第一部に出演してくれて、感謝します。The Real Dealの司会進行役のJim Fetzerでした。第一部の特別ゲストMorgan Reynoldsに感謝を表明したいと思います。Morgan、出演ありがとう。

Morgan Reynolds: この放送を企画をしてくれてありがとう。Jim。

Jim Fetzer:お体を大切に、友よ。

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