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2010年10月11日 (月)

911を哲学する

以下は、http://twilightpines.com/images/phil911.pdf の日本語訳です。

                                                                      PHILOSOPHY 9/11:
一教授にどのような貢献が出来るのか?
James H. Fetzer, Ph.D.

科学哲学者であるため、私には”哲学”と”科学”の組み合わせが人に奇妙であるとの、あるいはさらには矛盾しているとの印象を与えるとは思いもつかない。私は9/11事件の調査に着手しているのであるから、一科学哲学者が9/11の検証に対してどのような貢献が出来るのか説明するのが適切であろう。

Princeton大学の学生の時、最も興味を引く講義の説明一覧表に目を通した。それらは異なる分野の理論と方法の講義であった。一学期の終わりには、科学的知識は幾何学級的に増大しているため、何か特定の分野で全てを理解することは不可能であるが、その知識がどのように得られるかという方法を学ぶなら、それらの分野をより理解出来るようになるであろうということが分かった。

他のどの教科よりも哲学は理論と方法について多くの講義を提供していた。これは、化学、生物学、さらには心理学までもが歴史の初期段階では哲学から派生したものであったことを考慮すれば、驚くべきことではない。例えば、物理学や天文学のような学科は、かつては”自然哲学”と呼ばれていた分野であった。アイザック・ニュートンの最も偉大な作ですら、自然哲学の数学的原理、との表題を(ラテン語で)付けていた。それぞれの方法と進展が徐々により理解されるにつれて、その分野は独立し始めた。

このことは、未解決の概念的な、理論的な問題を理解するためにある哲学の機能についても当てはまる。哲学には論理の性質、言語の性質、知識の性質、知性の性質と関わっているものもある。私自身の関心は、知識の性質を研究し、真実、信念と知識との間の主要な違いを研究することである。科学の性質を理解するために、私は科学哲学を学んだ。私もその当時は知らなかったことであったが、Princetonは当時数学、物理学、哲学において世界一であり、私が人間の行動を説明する論理的構造に関する卒業論文を書いた際の教官、Carl G. Hempelは科学哲学における第一人者であった。このようにして私達は出会った!

私は卒業した1962年に海兵隊の少尉として兵役に就き、研究を再開するために1966年に大尉の時に辞めた。私はIndiana Universityで1970年に歴史と科学哲学の哲学博士の称号を得た。そして私は、科学的推論の特性、科学的仮説の特性、科学的説明の特性、自然法則の特性とまた関連する事柄の研究を続けた。私の最初の著書、Scientific Knowledge: Causation, Explanation, and Corroboration (1981)は自然の法則の性質についての私自身の分析を基にして科学に関する理論を詳述したものであった。

論理、批判的思考、科学的推論の講義を教えてきた35年間に、私は新たに現れた学問分野の概念的なそして理論的な基盤に特別の興味を持ち、多くの著書を出版した。その著書には、AI: Its Scope and Limits (1990)、 Philosophy and Cognitive Science(1991; 2nd edition 1996)、Philosophy of Science (1993)、そして Computers and Cognition (2001)さらにThe Evolution of Intelligence (2005)が含まれている。

おそらく私の職歴の最も独特な側面は、私が自分の関心を従来のテーマに限定せずに、科学的方法をJohn F. Kennedy大統領 やPaul Wellstone上院議員のような政治家の死の調査にも適用したことであろう。私は1992年にジョン・フィッツラルド・ケネディの死を調査する最適の研究者からなる検証チームを組織した。その成果はAssassination Science (1998)、Murder in Dealey Plaza (2000)、The Great Zapruder Film Hoax (2003)という三冊の著書として出版された。その後私は、www.AssassinationResearch.comにおいてホームページを立ち上げ、編集を続けている。私達の努力の目的はその件から伝聞と憶測を排除し、客観的、科学的根拠に基付き検証することであった。Paul Wellstone上院議員が航空機の墜落で死亡した際、私はその件を追及し、共著者としてAmerican Assassination(2004)を執筆し、その後“The NTSB Failed Wellstone” (2005)という記事を発表した。これは私の一般向け文章を掲載したホームページ、www.AssassinationScience.comにて保存されている。

私は9/11検証の世界では新参者であったが、2005年にScholars for Truth を創設して以来、最善を尽くしている。私はwww.911Scholars.orgにてホームページを立ち上げ、更新を続け、また最近は11人の専門家の寄稿からなる私達の最初の本、The 9/11 Conspiracy (2007)を出版した。私は2007年8月3日~5日にWisconsin州のMadisonにて私達の最初の会議、“The Science and the Politics of 9/11"を組織した。目的は、世界貿易センタービルの破壊に際して非通常型の解体方法が関与していたのではなかったかということを含めた、9/11の検証の議論を醸す事項を直視するためであった。

どのような犠牲を払ってでも議論を避けるべきであると信じる人も存在する。しかしそれが私達の目的であれば、そもそも9/11の検証に着手するべきではなかった。私達が成していることは既に議論を醸すものである。もし私達が議論を避けようとするのであれば、研究において私達は今日存在する地点に到達してはいなかったであろう。Hannity & Colmes and O’Reilly が私達を攻撃し、大きな成果を上げることの出来る理由は、9/11の公式説明を批判することは彼らの番組の聴衆の大多数にとって全く不快なものであるというためである。 もちろん、大多数の人が何かが間違っていると考えるということはそのことが間違っている理由とはならない。これはよくある誤りである。

偽りの説明を論破することと真実の説明を発見することの間には論理的違いがある。私達は”公式説明”を確実に論破出来る。それゆえ私達に残された問題のひとつは、実際にはどのようにして成されたかである。もし非通常型の方法のみが世界貿易センタービルの破壊の底深さと幅広さを説明できるということが明らかになれば、軍産複合体の方向を示唆することになる。なぜなら-イスラエルを除いては-彼らしかそのような方法を持ってはいないであろうと考えられるからである。

私はかつては航空機がツインタワーに衝突していないという考えはかなり非合理であると考え、そのように活字で表現した。私はビデオが改ざんされていた可能性に興味を持つに従い、ビデオの捏造と航空機の実在は論理的に両立するということを理解するようになった。なぜなら[実在の]航空機の特徴や航空機とビルの相互作用の状況を隠すために、ビデオの捏造が成された可能性があるからである。( ネット上で視聴出来るビデオ、September Clues をご覧いただきたい。このビデオの一部が、私にこの件を学者達の会議“What’s Controversial, What’s Not”に含ませるよう納得させた。)

議論に直面することを避けていたのでは、私達は実際に何が起きたのか理解出来ない。なぜなら議論はこのような事例では避けられないのであるから。私達は真実を明らかにしたいのであれば、自ら進んで真実を探求せねばならない。しかしそのことは私達が偽りを明らかにすることを怠たらねばならないということではない。一般市民と共に前進するために、私達は、The 9/11 Commission Report(2005)に関して何が偽りであると既に証明出来ているのか、強調しなければならない。ここにおいて科学哲学は概念と理論に関してさらなる貢献が出来るのである。

論理は、文の意味のみから何かが真実あるいは偽りであると私達に教えてくれる。真実性が文の意味や文法自身から得られる場合、文は“analytic”(分析文)であり、analytic sentence(分析文)とsynthetic sentence (総合文)との間には区別が引かれる。 例えば、“2+2=4" や”新入生は学生である”は、計算の原理や英語での意味を考えると偽りとはなり得ない。文の真実性が意味や文法のみよりもその物事のあり方によって決まる時、文は“synthetic”sentence (総合文)となる。”4つの椅子がある”や”新入生になかには裕福な者もいる”は真実とも偽りともなり得る。このような文はanalytic sentence (分析文)ではない。

文法や語彙の面を考えると、analytic sentence(分析文)には反論出来ない。英語で"陰謀"という語は2人かそれ以上の人間が共同する犯罪を意味しているため、19人のイスラム原理主義者が4機の民間航空機をハイジャックし、世界で最も洗練された防空システムを出し抜いたという仮説は、19人が2人よりも大人数である限り、"陰謀論”の資格を得ている。従って私達は、決定的に公式説明を反証し、より良い説明を求めている批判者であるため、より正確には“conspiracy realists”(コンスピラシー・リアリスト)と特徴付けられると私は提案したい。

さらに話を進めると、論理は私たちに少なくとも2つの種類のsynthetic sentences(総合文)を明らかにする:特定の状況とかかわるものと一般的な法則とかかわるものの2つである。こうして私達はツインタワーは航空機の衝突とジェット燃料の炎との組み合わせにより破壊されたとの主張に2通りの方法で応えることが出来る:

(1)鉄の溶融点は2800F であり、ジェット燃料や炭化水素火災の可能最高温度は1800Fであるため、貿易センターの鉄筋は、もし仮にその火災が永遠に燃え続けたとしても、溶けることはなかった。原因と言われていることと結果との間には1000度数の不足があるため、このような可能性は法則の問題としては全く存在しえない。

(2)Underwriters Laboratories は貿易センターの鉄筋は不都合な副作用を示すことなく2000F で数時間耐えられると認証しているため、もし貿易センターの火災が報告されているように、より低温で、より短時間しか燃えていなかったのであれば、鉄筋が弱まっていたなどと推論する根拠がない。実際、サウスタワーでは炎は一時間以上は燃えておらず、ノースタワーではおよそ90分しか燃えていなかった。NISTは236の鉄筋サンプルを検証したが、500F以上の温度に曝されていたのはたった3つだけであり、1200F以上に曝されていたのは皆無であった。法則も特定の状況も公式説明を正当化しはしない。NIST自らの証拠が、従って、自らの結論に対する反証となる。

同様に、科学は破壊に要した時間は3つの(第7ビルを含む)貿易センタービルの上階と地表の間に全く抵抗が存在しなかったことを私達に告げている。110階の建物が10秒で“崩壊”することは物理学の法則と工学の法則を侵害している; その建物が同じ時間で“消滅”することはそうではない。47階の建物が6.5秒で崩壊するには上から下まで抵抗の完全な欠如が必要である。言葉遊びに乗せられてはいけない:“制御解体”はただ単に制御された状態での解体を意味するのみである。

自然法則は、社会の規則とは異なり、侵害も変更も出来ない。貿易センターについての”公式説明”が工学物理学の法則の侵害を、あるいはペンタゴンでは航空力学の法則の侵害を示唆するのであれば、そのような説明が真実であるとはとうてい考えられない。そのため様々な仮説を恐れることはない。私達は常に仮説を立てているのである。グラスの透明な液体を”水”と表現する最も単純な描写ですら無限の結果を引き起こすのである:それは渇きを癒し、植物に栄養を与え、火を消す。しかしもし透明な液体がアルコールであれば、どうなるであろうか?

9/11の陰鬱な現実に取り組みながら、私達はこれまで未解明の概念上のまた理論上の問題を理解しようと努め、それらを理解可能なものにしようとしているのである。私達はこの件について道理を通らせたいのである。もし私達が心地よく思う代替説明に私達自身を狭めるなら、地球が動いていることを否定したガリレオに対する批判者と同じように、私達はこれらの問題を解明出来ないであろう。私達の挑戦は知的なものであり、科学的でありまた哲学的なものである。私達が成功しようとするのであれば、私達は論理と証拠に従い、その導きに従わねばならない。

James H. Fetzer は歴史と科学哲学の博士号を取得している。元海兵隊将校であり、11人の専門家からの寄稿を掲載した最新作THE 9/11 CONSPIRACY: THE SCAMMING OF AMERICAを含む28冊の本を出版している。2005年に、彼はScholars for 9/11 Truthを創設した。

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